小松法律事務所

髄液漏れ一審判決否認を覆した名古屋高裁平成29年6月1日判決全文紹介1


○交通事故後の髄液漏れについて、髄液漏れ自体を否認する判決が殆どで、ごく希に、これを認め交通事故による傷害との因果関係を認める一審判決が出ても二審高裁で覆される例が殆どでした。それが一審平成27年10月27日名古屋地裁判決が髄液漏れ自体を否認したものを二審で覆し、髄液漏れを認め且つ交通事故との因果関係を認める画期的判決が平成29年6月1日に出されていました。そのニュース報道は以下の通りです。

○この画期的な平成29年6月1日名古屋高裁判決(LEX/DB)全文を2回に分けて紹介します。
裁判所の判断部分の「ウ 画像所見について」について記載されたf医師とは前関東中央病院脳神経外科部長で脳神経外科医の吉本智信医師です。実名を入れてポイント部分を掲載します。
1970年代の古い文献等に基づいて,上記可能性を示唆する吉本医師の意見に強い説得力があるとは解されない。
吉本医師は,単に頭蓋骨の脂肪であって,特段の硬膜造影効果は認められない旨述べるが,g医師らの臨床経験に基づく総合的判断に対し,画像判断のみに留まる吉本医師の見解が確実に正しいものとはいい切れない。

○私が取り扱った事件でも5,6件、保険会社側から吉本医師意見書が提出され、裁判所はこの意見書を根拠にして、敗訴判決を下し、或いは、敗訴的和解を押し付けてきました。この吉本意見が、「吉本医師の意見に強い説得力があるとは解されない。」、「吉本医師の見解が確実に正しいものとはいい切れない。」と否定されたのには溜飲が下がる思いです。

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追突事故 髄液漏れ認める 被害者が逆転勝訴 名古屋高裁
毎日新聞2017年6月29日 06時50分(最終更新 6月29日 06時50分)

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追突事故の被害者が脳脊髄(せきずい)液減少症(髄液漏れ)になったかが争われた訴訟で、名古屋高裁(藤山雅行裁判長)が、1審・名古屋地裁判決を変更して髄液漏れとした診断の妥当性を認め、約130万円だった賠償額を約2350万円増額する判決を言い渡していたことが分かった。1審は同種訴訟で多くの加害者側が頼ってきた医師の意見書を根拠に髄液漏れを否定したが、2審は研究が進んだ現状と治療した専門医らの見解を重視した。

2審判決は今月1日付。確定した。

髄液漏れを巡る裁判では、国の研究班メンバーで治療経験豊富な医師の肯定的な判断が認められず、否定的で治療実績が乏しい医師の意見書が採用され、患者の訴えが認められないケースがほとんど。被害者側の柴田義朗弁護士は「研究が進展する以前に、髄液漏れを極めて限定的にしか認めない流れができてしまった。やっと医学の現状に追いついたという意味で画期的な判決だ」と評価する。

事故は2005年、神戸市内で発生。追突された車に同乗していた当時40代の女性は事故後、頭痛などの症状に悩まされ、三つの病院で髄液漏れと診断された。だが、追突した加害者側は「診断基準に合わない」と賠償に応じなかった。

藤山裁判長は、加害者側の医師の意見書について「1970年代の古い文献などに基づいた意見に強い説得力はない」などと指摘。「3病院の臨床診断は十分に信頼性がある」とした。また、3病院が撮影したMRI(磁気共鳴画像化装置)などの画像には、髄液漏れの診断基準を満たしていない部分もあったが、研究が進展中であることを踏まえて「(画像の証拠価値を)全て否定する方向で診断基準を用いるのは相当でない」と判断した。

国の研究班は2011年にMRIなどの画像による診断基準を公表。16年度から公的医療保険が適用されている。【渡辺暖】

【ことば】脳脊髄液減少症
脳と脊髄は硬膜で覆われ、硬膜内の隙間(すきま)は脳脊髄液で満たされている。何らかの原因で髄液が減少すると、ひどい頭痛や吐き気、めまいなどの症状を引き起こす。事故やスポーツなどの他、原因がはっきりしないまま発症することもある。外見からは分からないため、周囲から「心の病」と誤解されることも多い。


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主   文
1 本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は,控訴人に対し,2348万1350円及びこれに対する平成17年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求(当審における請求拡張部分を含む。)を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて控訴人及び被控訴人に生じた費用総額の5分の1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
4 この判決の主文第1項(1)は,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,1億2170万3425円及びこれに対する平成17年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)本件附帯控訴を棄却する。
(4)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5)仮執行宣言

2 被控訴人
(1)原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消す。
(2)上記取消しにかかる控訴人の請求を棄却する。
(3)本件控訴を棄却する。
(4)訴訟費用は第1,2審とも控訴人の負担とする。

第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人が所有し,一審相被告c(以下「c」という。)が運転する普通貨物自動車(以下「被控訴人車両」という。)が,控訴人が同乗し,dが運転する普通乗用自動車(以下「控訴人車両」という。)に追突した交通事故について,控訴人が,被控訴人及びcに対し,本件事故により高次脳機能障害,脳脊髄液減少症,胸郭出口症候群に罹患し後遺障害が残存した等と主張して,cに対し民法709条,被控訴人に対し民法715条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,連帯して,損害賠償金1億2168万5662円及びこれに対する不法行為の日である平成17年8月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原判決は,控訴人の請求につき,133万2255円及びこれに対する平成17年8月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度でこれを認容し,その余を棄却したところ,控訴人が控訴し(当審において請求を拡張し,また,cに対しては,その後控訴を取り下げた。),被控訴人が附帯控訴した。

2 前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,以下のとおり被控訴人の当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決中の「被告c」を「c」と,「被告ら」を「被控訴人及びc」と読み替える。その他,略称は,特に断りのない限り原判決の表記に従う。以下同様。)。

3 被控訴人の当審における主張-弁済
 被控訴人は,原判決言渡後の平成27年11月13日,原判決で認容された元金133万2255円及びこれに対する支払済みまで年5分の割合による遅延損害金68万2004円の合計201万4259円を任意に支払った。
 よって,被控訴人の控訴人に対する残債務は存在しない。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の請求は,2348万1350円及びこれに対する平成17年8月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであり,その余は棄却すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1ないし7に記載のとおりであるから,これを引用する。

2 原判決の付加訂正
(1)原判決14頁20行目の「2度にわたり」の次に「強い」を付加する。
(2)原判決15頁7行目の「頭痛を」の前に「特に意識して」を付加する。
(3)原判決16頁8行目の「同年9月」の次に「1日までには頭痛(乙11の12頁),同月」を付加する。
(4)原判決16頁10行目末尾の次に,次のとおり付加する。
「なお,師勝整形外科の医師は,神戸赤十字病院の医師に宛てた同年8月30日付け初診時回答書(乙11の2頁)において,同月26日に受診した控訴人は,本人の頭部の訴えが強いので脳外科へ紹介予定である旨を記載している。」

(5)原判決16頁19行目の「なく、」から21行目末尾までを次のとおり改める。
「なかった。同年10月31日には,買い物に行って歩いた時,後頭部のつっぱり感がある旨を訴えている。」

(6)原判決16頁25行目の「訴える」の前に「明確に」を付加する。 

(7)原判決25頁9行目の「原告が」から10行目の「また」までを「控訴人は,控訴人車の前後の損傷状況(乙2の写真番号2,3)等からしても,本件事故の際に2度にわたり相当程度強い衝撃を受けたものと認められ,渋滞時であったとはいえ,高速道路上での事故であることからすると,体感速度よりも速い速度であったとも考えられるから,頭部を車内で打った可能性も否定できないところではあるが」と改め,11行目の「頭痛を」の前に「末だ明確には」を付加する。

(8)原判決27頁14行目末尾を改行した次に,次のとおり付加する。
「控訴人は,当審においても,e医師の所見により控訴人が高次脳機能障害を発症したものと認められるべきである旨を強く主張するが,e医師の所見及び控訴人の主張は,本件事故直後における控訴人の客観的状況と大きく異なる控訴人の供述を踏まえたものでもあることからすると,控訴人の主張するf医師の党派的属性の有無如何にかかわらず,控訴人が高次脳機能障害を発症していたと認定することは困難といわざるを得ない。」

(9)原判決33頁25行目冒頭から38頁10行目末尾までを次のとおり改める。
「ア 前記認定によれば,控訴人は,本件事故後,名古屋市立大学病院,明舞中央病院及び熱海病院において,いずれも脳脊髄液減少症(なお,ここでは便宜上「低髄液圧症候群」,「脳脊髄液圧症候群」,「脳脊髄液漏出症」等の総称として「脳脊髄液減少症」の名称を用いることとする。)の臨床診断を受け,3度にわたるブラッドパッチ治療により,完治はしていないものの,一時的ないし長期的にみて,その症状がある程度軽減又は改善されたことが認められる。

 これに対し,被控訴人は,f医師の意見書(乙4)に依拠して,控訴人に脳脊髄液減少症が発症したことを否定し,主として,控訴人には起立性頭痛が生じていないこと,髄液漏れの画像所見が存しないことを主張するので,以下,この点について検討する。

イ 起立性頭痛について
 前記1(2)ア,イのとおり,控訴人は本件事故直後,明確に頭痛を訴えることはなかったものの,同ウのとおり,本件事故から10日余り後には,医師に対して強く頭痛を訴えていることが診療記録上も認められる。また,控訴人は,本件事故により,頚部や腰部など,身体の他の箇所にも強い痛みや痺れを訴えており,特に,目眩,耳鳴り,光過敏等,脳脊髄液減少症に伴って生じる症状が事故直後から存在していたことは診療記録上も明らかである。これらからすると,控訴人は,事故直後には頭部痛を明確に意識し得なかったが,その後の身体症状の変化に伴って頭痛を意識できるようになり,その結果,本件事故の10日余り後になってから,医師に対して頭痛を強く訴え始めたとも考えられるところである。

 そして,このような事情を踏まえると,事故直後の諸状況につき他の客観的証拠に合致しておらず,全般に信用性の低いといわざるを得ない控訴人本人の供述(甲77の陳述書による陳述も含む。以下同様。)についても,事故後の早い時点以後には頭痛が生じていることを意識し始めたという限度において,その信用性を否定することは困難であるということができる。そして,それら初期の頭痛が,当時から確実に起立性の頭痛として意識されていたことを認めるに足りる明確な証拠はないものの,本件事故から数か月後の平成18年4月以降には起立性頭痛と認められる症状を控訴人がはっきり訴えていることからすると,むしろ初期の頭痛だけが起立性の頭痛ではなかったとは断じ難いところである。

 なお,控訴人は,平成18年2月9日にブラッドパッチ治療を受けた後,急激に体調が悪化し,起立性頭痛が生じたかのように訴えているが,それこそ控訴人の愁訴によるものにすぎず(乙24の97頁),上記ブラッドパッチ治療に医療過誤があったために起立性頭痛が発症したとは認められない以上,起立性頭痛の原因は本件事故以外には考えられないというべきであるから,当初に起立性頭痛の明確な愁訴がなく,遅くなってからそれを強く訴えるようになったからといって,当初からの起立性頭痛の存在が否定されるものではない。

 以上からすると,控訴人は,本件事故後の早い時期に頭痛を訴えていたことが認められ,それは起立性のものであったと推認することができる。
 仮に,控訴人の頭痛が起立性のものでなかったとしても,国際頭痛分類第3版β版の基準では,頭痛が起立性であることが必須である旨の記載は認められないところであるから(乙56),控訴人の症状が直ちに前記各基準を満たさないものとはいえない。

ウ 画像所見について
 前記1(2)カのとおり,名古屋市立大学病院で平成18年2月8日に実施されたRI脳槽シンチグラフィーのRI注入6時間後の画像の腰椎レベルについて,g医師は,腰椎左側に明らかな髄液漏出所見を認めるとしている。

 これに対し,f医師は,同画像所見として左側に3か所,右側に1か所(少量),腰椎レベルに髄液漏出所見が認められるとした上で,RIを脊髄に注入する際にできた針孔からRIが流出したものであるにすぎない可能性を示唆する。

 しかしながら,上記RI脳槽シンチグラフィーにおいて用いられた針は,f医師が依拠する文献が想定するものとは異なり,25Gデシベルポイント針であると認められ(乙14の21,22頁),これによりRIを脊髄に注入する際にできた針孔からRIが流出する可能性は著しく減少しているものと考えられるから(甲102),1970年代の古い文献等に基づいて,上記可能性を示唆するf医師の意見に強い説得力があるとは解されない。

 また,g医師は,同日に実施された控訴人の頭部MRIの画像により硬膜下腔の開大があると判断している箇所につき,f医師は,硬膜下腔かくも膜下腔かを区別する必要がある空間であるところ,血管が走行していることからくも膜下腔だとわかり,くも膜下腔が拡大している場合,くも膜下腔にあるのは髄液であるため,髄液が増加していることになり,脳脊髄液減少症という概念と矛盾するとの見解を示している。

 これに対し,同病院のh医師(以下「h医師」という。)は,硬膜下腔かくも膜下腔かはっきりしない部位もあるが,くも膜下腔の開大であったとしても,頭蓋内圧が低下したことにより開大する可能性は考えられ,積極的に両者を分ける意義は見いだせないとの意見を述べているところであって(甲70(枝番を含む。以下同様。),71),双方の意見を比較した場合,g医師の上記判断が誤りであるとは断じ得ない。

 また,上記頭部MRI画像において,g医師やh医師がガドリニウム造影剤による著明な硬膜増強効果があると判断している部分(甲70,71)につき,f医師は,単に頭蓋骨の脂肪であって,特段の硬膜造影効果は認められない旨述べるが,g医師らの臨床経験に基づく総合的判断に対し,画像判断のみに留まるf医師の見解が確実に正しいものとはいい切れない。

 以上のとおり,臨床の現場で実際に診療活動を行っている専門医らにより,RI脳槽シンチグラフィー及び頭部MRIによって脳脊髄液減少症の発症を十分に認め得るとされる画像が存在し,それが誤りであるとはいえない上,g医師は,平成18年4月20日に施行されたMRミエログラフィーにおいても,腰椎レベルでの髄液漏出の可能性を判断しており,同年8月23日に明舞中央病院におけるRI検査においても3時間後に軽度のRI膀胱集積が認められていることをも考慮すると,本件において,脳脊髄液減少症を示す画像所見の存在一切を否定し去ることは困難というべきである。

 もっとも,以上述べた画像所見を個別的に見ると,前記の厚生労働省研究班画像診断基準を満たすものではないが,同基準は本件事故後に作成されたものであり,かつ,今後の変更の余地がないとはいえないところであるから,現時点において,これら個々の画像が同基準に必ずしも合致しないからといって,その画像の臨床的な価値を全て否定する方向で同基準を用いることは相当ではない。

エ 以上のアないしウを総合すると,控訴人には事故当初からの起立性頭痛が認められ,脳脊髄液の漏出を裏付ける画像所見が認められ,ブラッドパッチ治療により症状の改善が認められるといえるから,前記した諸基準を総合判断すると,前記アの冒頭に記載の3病院における臨床診断は十分に信頼性があり,これらに基づき,控訴人は,本件事故により脳脊髄液減少症を発症したものと認められる。」