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交通事故後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症肯定裁判例紹介

○「交通事故後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症否認裁判例紹介」の続きで、交通事故後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症を肯定した平成20年1月23日大阪地裁判決(自動車保険ジャーナル・第1736号)のPTSDに関する判断部分を紹介します。

○判決は、アメリカ精神医学会が用いるDSM-Ⅳや世界保健機構のICD-10の各基準を厳格に適用すると、原告が厳密な意味でのPTSDに罹患していると判断することはできない、としながら、本件事故による原告の後遺障害の有無及び程度を検討するに当たっては、本件事故によって原告がどのような精神的打撃を受け、原告についていかなる症状が生じ、かつ、残存していて、当該症状が原告の労働能力にいかなる影響を与えているかを具体的に考察するのが相当であるとして、結論として、原告には、本件事故を原因として非器質性精神障害が生じ、現時点においてもこれが後遺障害として残存していると認めるのが相当であるとしています。この判決は、現在、取扱中の事件に使えそうです(^^)。

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(2) 以上の事実を踏まえて、本件事故による原告の後遺障害の有無及び程度について検討する。
ア 非器質性精神障害以外の後遺障害について

 原告には頸椎捻挫後の頸部痛、耳鳴り、不眠、ふらつき、吐き気、頭痛、握力低下等の症状が残存しているところ、同症状は「局部に神経症状を残すもの」として、自賠法施行令2条別表第二の14級10号の後遺障害に該当する。

イ 非器質性精神障害の後遺障害について
(ア) 原告は、本件事故により、原告がPTSDに罹患し、その後遺障害が残存していると主張し、同主張に沿う証拠として、H診療所の丁山医師の意見書(証拠略)を提出する。
 ところで、PTSDとは、強烈な外傷体験により心に大きな傷を負い、再体験症状、回避症状、覚醒亢進症状が発生し、そのために社会生活・日常生活の機能に支障を来すという精神的疾患であり、その医学的診断基準として、アメリカ精神医学会が用いるDSM-Ⅳや世界保健機構のICD-10の各基準が用いられているところ、これらの各基準は、交通事故によって当該被害者に生じるストレス症状につき、後遺障害の有無・程度を判断する前提として、PTSDの該当性を判別するものとして有用というべきである。

 そこで、本件事故により原告に生じた症状につき、上記各基準が示す①自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験したこと、②外傷的な出来事が継続的に再体験されること、③外傷と関連した刺激を持続的に回避すること、④持続的な覚醒亢進状態にあることの各要件を充たすかどうかについて検討する。

① 強烈な外傷体験について
 前記のとおり、本件事故の態様は、加害車両が中央分離帯をオーバーして被害車両に正面衝突し、さらにその衝撃により後退した被害車両に後続の直進車が追突した事故であり、原告は、本件事故の際、加害車両が目の前に迫ってくる様子等事故の一部始終を認めている。また、実際にも原告は本件事故により腹腔内出血(右胃大網動脈損傷)、右肋骨骨折等の重傷を負い、生命の危機的な状況を経験するなど、身体的・精神的打撃の程度も大きい。
 したがって、原告は死亡又は重傷を負うような出来事を体験しているものであり、①の要件を充たしている。

② 再体験症状について
 本件事故後、いわゆるフラッシュバックの症状が出ているとまではいい難いものの、原告は、入院中、事故の状況を夢で見ることがあったり、退院後、自動車に乗った際に、自動車が接近するなどすると、事故当時の記憶が蘇り、体が自然に事故のときと同じ反応をしてしまうことがあり、それらの症状は反復継続しているところ、原告の上記症状は原因となる事故のことを思い出して不快な気分になるといった程度のものではなく、事故発生時と似た状況における恐怖感情や身体状況の変化といった形で顕れており、形式的には再体験症状として一応評価しうるものである。

 しかし、原告の見た夢の具体的内容については明らかではなく、記憶喚起時の身体反応の程度も重度であるとまではいい難いことから、原告の上記症状と、通常一般人が日常生活において不快な体験をした後に抱くことがある再体験症状との区別は必ずしも判然としないところがあり、厳密な意味での、②再体験症状の要件の充足性については疑問がある。

③ 回避症状について
 確かに、原告には、自動車の利用を極力避け、自動車に乗る際には助手席には乗らないなど、本件事故を想起させる事態を回避する傾向があることは認められるが、他方で、自動車利用を全く回避するものではなく(ただし、日常生活への復帰目的のリハビリ訓練を兼ねている場合もあり、その努力を否定するものではない。)、また、通院時にタクシーを利用することがあるなど、自動車利用を積極的に回避し、あるいは回避せざるを得ない状況にあるとまではいい難く、③回避症状の要件を充足しているとは直ちにはいい難いところである。

④ 持続的な覚醒亢進症状について
 原告は事故後間もない時期から、精神的に不安定な状態にあり、不眠症状を訴えて睡眠導入剤を処方されているが、前記認定の原告の症状を見ても、DSM-ⅣやICD-10に挙げられているような、焦燥感又は怒りの爆発、集中困難、過度の警戒心や驚愕反応といった精神状態が持続しているとはいい難いから、同要件を充たしているとは認められない。
 したがって、原告が厳密な意味でのPTSDに罹患していると判断することはできない。

(イ) しかしながら、交通事故の被害者がPTSDに罹患した事実は、当該被害者が受けた精神的打撃の内容や程度について一定の基準とはなるが、逆に、原告に残存する症状がPTSDの医学的診断基準に厳密には該当しないとしても、そのことをもって当該被害者が精神障害に罹患していないということはできないし、また、その精神障害の程度が軽いものであると断ずることも相当ではない。とりわけ、本件のように、PTSDの医学的診断基準の①強烈な外傷体験の要件を充足する事例においては、当該被害者に残存する症状に対する交通事故による寄与の程度が大きいから、精神障害の有無及び程度については慎重に判断すべきである。

 そして、本件事故による原告の後遺障害の有無及び程度を検討するに当たっては、本件事故によって原告がどのような精神的打撃を受け、原告についていかなる症状が生じ、かつ、残存していて、当該症状が原告の労働能力にいかなる影響を与えているかを具体的に考察するのが相当である。
 この点、平成15年8月8日付け基発第0808002号厚生労働省労働基準局長通達「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」(労災新基準)も同様の判断手法を採用しているところである。労災新基準によれば、非器質性精神障害の後遺障害が残存しているというためには、
①抑うつ状態、
②不安の状態、
③意欲低下の状態、
④慢性化した幻覚・妄想性の状態、
⑤記憶又は知的能力の障害、
⑥不定愁訴等その他の障害
の精神症状のうち1つ以上の精神症状を残し、かつ、
①身辺日常生活、
②仕事・生活に積極性・関心を持つこと、
③通勤・勤務時間の遵守、
④普通に作業を持続すること、
⑤他人との意思伝達、
⑥対人関係・協調性、
⑦身辺の安全保持、危機の回避、
⑧困難・失敗への対応の能力
に関する判断項目のうち1つ以上の能力について障害が認められることを要するとされている。

 そして、障害等級評価については、「就労している者又は就労の意欲のある者」と「就労意欲の低下又は欠落により就労していない者」に区分し、後者については前記の能力に関する判断項目の①身辺日常生活の支障の程度により認定することとされている。かかる認定手法は、交通事故の損害賠償実務においても基本的に妥当するものと解される。なお、自賠責保険実務においては、平成15年10月1日以降に発生した事故について、上記労災新基準に沿った後遺障害等級認定を行うことになるが、民事損害賠償実務においては、自賠責の適用基準日に拘束されることはないから、新しい医学的知見等を基礎とする労災新基準に沿った等級認定をすることができることは当然かつ相当である。

 これを原告についてみると、前記認定事実によれば、労災新基準の上記精神症状のうち、原告には少なくとも①抑うつ状態、②不安の状態、③意欲低下の状態、⑥不定愁訴等その他の障害の精神症状が残存していることが認められ、また、上記の能力に関する判断項目のうち、少なくとも②仕事・生活に積極性・関心を持つこと、④普通に作業を持続することに障害が認められ、更に、⑥対人関係・協調性の能力にも問題が生じている。

(ウ) したがって、原告には、本件事故を原因として非器質性精神障害が生じ、現時点においてもこれが後遺障害として残存していると認めるのが相当である。

(エ) 次に、その後遺障害の程度について検討すると、前記認定事実のとおり、原告は、就労意欲の低下等により仕事に就けず、現在生活保護を受給している者であるが、身辺日常生活については概ねできていることからすると、原告の後遺障害は、労災新基準における「通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、多少の障害を残すもの」として、自賠責後遺障害等級12級相当であると認めるのが相当である。

ウ ア、イの点を総合すると、原告の後遺障害等級は併合12級に相当するというべきである。

(3) 原告の素因(特に心因性素因)寄与について
 被告は、原告に非器質性精神障害の後遺障害が認められるとしても、原告は心因反応を引き起こしやすい素因等を有しており、その素因が非器質性精神障害を発病させ損害拡大に大きく寄与していることが容易に推認されるから、原告に生じた損害につき、3割の素因減額をすべきであると主張する。

 しかしながら、前記認定事実のとおり、本件事故以前の原告の性格傾向、稼働状況、健康状態には特に問題は見当たらないし、原告には本件事故前に精神科通院歴等特筆すべき病歴もなく、他に原告が心因反応を引き起こしやすい素因等を有しており、それが原告の非器質性精神障害による損害の発生・拡大に大きく寄与したことを認めるに足りる証拠もない。この点、被告は、原告の母親の精神病院の入通院歴を指摘するが、同事情をもって、原告の後遺障害に素因が寄与しているとはいえない。加えて、本件のように自分又は他人が死ぬ又は重傷を負うような外傷的な出来事を体験した者については、その出来事自体がほとんどの人にとって苦痛をもたらす性格のものであるため、原告が非器質性精神障害を発症することはやむを得ないことであり、同障害の性格に照らし、それに伴って生じる損害の拡大を防止することも困難であるから、本件について原告の心因性素因を理由として減額をするのは相当ではないというべきである。


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