小松法律事務所

低髄液圧症候群発症を否認するも10%労働能力喪失を認めた判例一部紹介1


○「低髄液圧症候群発症を否認するも10%労働能力喪失を認めた判例要旨紹介」を続きで、平成24年12月17日京都地裁判決(交民45巻6号1478頁、自保ジャーナル1894号59頁)の一部を2回に分けて紹介します。

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主  文
一 被告らは、原告に対し、各自、1084万7207円及び内92万円に対する平成13年12月4日から、内917万6226円に対する平成20年5月28日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを7分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求の趣旨

一 被告らは、原告に対し、連帯して、7175万8461円及び内5589万8059円に対する平成20年5月28日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1は、原告に対し、95万0638円及び内71万8274円に対する平成20年5月28日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 仮執行宣言

第二 事案の概要
 本件は、自車を運転中、被告Y1(以下「被告Y1」という。)が運転する車両と衝突した原告が、被告Y1に対しては、民法709条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、人的損害及び物的損害計5661万6333円とこれに対する事故の日から本訴提起日までの遅延損害金から既払金222万2613円を控除した残額1609万2766円の合計7270万9099円及び内5661万6333円に対する本訴提起日の翌日である平成20年5月28日以降の遅延損害金、被告Y2(以下「被告Y2」という。)に対しては、自賠法三条に基づき、人的損害5589万8059円とこれに対する事故の日から本訴提起日までの遅延損害金から上記既払金を控除した残額1586万0402円の合計7175万8461円及び内5589万8059円に対する平成20年5月28日以降の遅延損害金の支払を求める事案である。

一 争いのない事実(後記(1)、(2)、(7))及び容易に認定できる事実(後記(3)ないし(6))
(1) 交通事故の発生
 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
① 日時 平成13年12月4日午後0時0分ころ
② 場所 大津市晴嵐一丁目19番地先幹1044号線(大津市道)
③ 関係車両
ア 原告運転の自家用普通乗用自動車(ナンバー〈省略〉)(以下「原告車」という。)
イ 被告Y1運転の自家用普通乗用自動車(ナンバー〈省略〉)(以下「被告車」という。)
④ 態様 原告車と被告車が出会い頭に衝突した。

(2) 責任原因
 本件事故当時、被告Y2は、被告車の運行供用者であった。

(3) 治療経過等
 原告は、本件事故後、後記症状固定診断時までに、次のとおり入通院治療を受けた。

         (中略)

(5) 後遺障害に関する判断
① A医師は、後遺障害診断書に、傷病名頸椎捻挫、腰椎捻挫、腰部髄液漏、外傷性低髄液圧症候群、自覚症状として、「頭痛、頭重感、頸~肩背部・腰部痛、左半身の感覚障害(左手親指、示指等のしびれ等)、めまい、動悸、発汗障害等の自律神経症状、集中力低下、記銘力低下、思考力低下、全身倦怠感等が続いており、就労不能、家事も困難でADLに大きな支障を呈している。」旨、精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果として、「頸椎MRIで脊髄、神経根の圧迫所見はなかった。ブラッドパッチ施行後、不定愁訴は改善傾向にある。」などと記載した(甲4の7)。

② b病院総合診療科のB医師は、後遺障害診断書に、傷病名高血圧症、高脂血症、脂肪肝、自律神経失調症、自覚症状として、「頭重、頭痛、頸部痛、背部痛、腰痛、めまい、動悸、頻脈、血圧の急上昇、耳鳴り、集中力・記憶力・思考力低下、倦怠感、不眠と過眠の交互出現、左半身の痛みとしびれ、発汗異常、体温調節障害、開口障害等あり。症状が不安定で、家事、外出ができない。」旨記載した(甲4の5)。

③ b病院整形外科のC医師は、後遺障害診断書に、傷病名頚部挫傷、自覚症状として「左手拇指示指のしびれ、冷感、頭痛、頭重感、頚部痛、背・腰部痛、左半身の痛み、めまい、耳鳴り、動悸、発汗異常、体温調節障害、集中力低下、記憶・思考力低下、倦怠疲労感、車の運転が恐ろしくてできない、家事ができない。」などと記載した(甲4の6)


ア 損害保険料率算出機構は、平成17年7月ころ、次のとおり判断した(甲26)。
 上記③の後遺障害診断書の自覚症状欄記載の多様な訴えを頚部由来の神経症状として検討すると、画像上、ごく軽度の変性変化が見られるが、外傷による骨折等の器質的変化は認められず、症状は軽快し、筋力が回復し、知覚障害はないとあり、頚部由来の神経症状を裏付ける有意な神経学的異常所見がなく、他覚所見に乏しいことなどから、自賠責上の後遺障害に該当しない。

 上記②の後遺障害診断書の傷病名、治療開始が受傷後約1年6か月であること、食事療法、精神安定剤等の治療であることなどから、同診断書記載の症状は、本件事故との因果関係を捉え難く、自賠責上の後遺障害に該当しない。
 上記①の後遺障害診断書の自覚症状欄に多様な訴えが記載されているが、頸椎、腰椎部に外傷による骨傷等の所見がなく、画像上、髄液漏れが判然と捉えられず、治療が受傷後約2年九か月であり、「不定愁訴と考えられる症状が出現」とあることなどから、自賠責上の後遺障害に該当しない。

イ 原告は、上記判断に対し、異議の申立てをしたが、後遺障害非該当の結論は変わらなかった(甲27)。

(6) 症状固定診断後の通院
 原告は、前記症状固定診断後、f眼科、hクリニック、i病院、g診療所、j病院、k病院等に通院した(甲8の1、8の2の1ないし9、8の3の1・2、8の4の1ないし38、8の5、8の6の1ないし4、8の7の1ないし88、甲9、43の1ないし6)。

(7) 損害填補
 被告の契約するl保険株式会社から原告に対して人身損害について222万2613円が支払われた。

二 主な争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 脳脊髄液漏出症発症の有無

① 原告の主張
 厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業(神経・筋疾患分野)脳脊髄液減少症の診断・治療法の確立に関する研究平成22年度総括研究報告書(中間報告)(以下、単に「中間報告」という。)は、低髄液圧症について、起立性頭痛を前提に、一定基準以下の髄液圧又はびまん性硬膜増強所見(脳MRI)のいずれか一方の所見があれば低髄液圧症と「強疑」診断することを提示している。なお、びまん性硬膜増強所見がなくても低髄液圧症を否定できないとされ、硬膜下水腫、硬膜外静脈叢の拡張、小脳扁桃の下垂等も参考所見とされ、それらの総合考慮如何によっては、低髄液圧症の診断される余地がある。

 原告には、本件事故後起立性頭痛があったが、A医師は、原告の頭部MRI所見として、a 小脳扁桃の下垂、b 上矢状洞、皮質静脈の拡大、c 頭頂部硬膜下の液貯留を認め、さらにd 腰部MRミエログラムの元画像で一部髄液漏出が疑われたことなどを根拠に、外傷性低髄液圧症候群、腰部髄液漏れ等と診断した。a、bは、中間報告において低髄液圧症の参考所見とされ、cも硬膜下水腫と見れば参考所見とされるべきものであり、中間報告においては、複数の参考所見がある場合には低髄液圧症の「疑」所見とすることとしており、これだけをとっても原告には低髄液圧症の可能性があることになる。加えて、ブラッドパッチを施行した途端に原告の頭痛に劇的な変化が現れたことからすれば、原告には脳脊髄液の漏出に伴う低髄液圧症が発生していることを強く推認させる。

② 被告の主張
 原告の受診した医療機関の診療録には起立性頭痛の患者に特徴的な訴えについての記載は存在せず、原告に起立性頭痛の症状があったとは認められない。
 髄液圧の測定、ガドリニウムによる硬膜の増強効果の検査がなされておらず、脳脊髄液漏出の画像所見も存在せず、原告の症例を、国際頭痛学会の頭痛分析による診断基準、Mokri教授による診断基準、日本脳神経外傷学会の診断基準及び中間報告の診断基準のいずれに当てはめても、原告の症例は脳脊髄液減少症には該当しない。

 したがって、原告について、脳脊髄液減少症であると確定診断できるだけの医学的根拠はない。
 なお、ブラッドパッチについてはプラセボ効果が出やすいという専門家が多く存在し、また、ブラッドパッチが著効しない患者が全体の7割を占め、3割は効果がほとんど見られないというのであるから、ブラッドパッチの効果をよりどころとして、脳脊髄液漏出の有無を判断することはできない。

(2) 原告の損害

       (中略)


(3) 素因減額
① 被告の主張
 原告の就労が制限されたり、治療が長期化したのは、原告の体質的・心因的要素に基づくものであり、その寄与度に応じ、少なくとも70パーセントの素因減額がなされるべきである。

② 原告の認否
 争う。

(4) 過失相殺
① 被告の主張
 本件事故の態様からして、本件事故の発生については、原告にも2割の過失がある。

② 原告の認否
 争う。

第三 当裁判所の判断
一 責任原因及び過失割合


         (中略)

二 損害
(1) 症状固定前の治療費

① a病院
 前記第2、1、(3)、①の事実によれば、原告は、本件事故により頸椎・左肘・左膝捻挫、左大腿部打撲、腰椎捻挫の傷害を負い、平成13年12月5日から平成14年1月24日までa病院に通院したこと(実通院日数8日)が認められ、甲六号証の一の1・2、7号証、25号証によれば、その治療費、診断書・診療報酬明細書代として、計8万9420円を要したことが認められる。

② b病院
ア 前記第2、1、(3)、②の事実によれば、原告は、平成14年2月8日から平成17年1月5日まで通院し(実通院日数整形外科22日、総合診療内科8日)、頚部挫傷(整形外科)、高血圧症、高脂血症、脂肪肝、自律神経失調症(総合診療内科)と診断され、甲六号証の二の一の一ないし6、6号証の二の二の一ないし6、6号証の二の三の一ないし4、6号証の二の四の一ないし3、6号証の二の五ないし16、7号証、25号証及び弁論の全趣旨によれば、その治療費及び後遺障害診断書代として、整形外科分58万5070円、総合診療内科分2万6940円を要したことが認められる。
イ 上記治療費等のうち、整形外科分はすべて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
 高血圧症、高脂血症及び脂肪肝が本件事故により発症したことを認めるに足りる証拠はない。自律神経失調症は、本件事故による頸椎捻挫に由来するものと推測される。上記認定の内科分の治療等のうち約2割に相当する5400円の限度で本件事故との相当因果関係を認める。
ウ 小計
 本件事故と相当因果関係が認められるのは、計59万0470円である。

③ c歯科医院及びdインプラントセンター
 甲32号証(原告の陳述書)及び原告本人の供述中には、本件事故により歯茎腫脹、前歯欠損、顎関節症となり、c歯科医院及びdインプラントセンターで治療を受けたとする部分があるが、原告がc歯科医院に通院したのは同事故から約5か月経過後であり、dインプラントセンターに通院したのは、それから更に2年以上の空白期間を経た後であるところ、同事故と上記各傷害との間の因果関係、同事故と上記各通院に係る治療費等との間の相当因果関係を認めるべき客観的証拠は存在しない。甲37号証(原告の陳述書)は、上記各症状が脳脊髄液減少症の症状であるとするが、原告が上記疾患に罹患したかどうかは後述する。

④ e医院(内科)
 原告がe医院に通院したのは本件事故から2年以上経過した後であり、甲37号証には、頭痛、むかつき、下痢のため通院したとあるが、本件事故との因果関係を認めるに足りる証拠はない。甲37号証が脳脊髄液減少症によるものであるとする点については後述する。

⑤ f眼科・m薬局
 前記第2、1、(3)、⑥によれば、原告は、右下麦粒腫、右上眼瞼麦粒腫の治療を受けるため平成16年7月12日及び同月22日にf眼科に通院したものと認められるが、上記傷害と本件事故との因果関係を認めるべき証拠はない。甲37号証が脳脊髄液減少症によるものとする点は後述する。

⑥ g診療所
 原告は、平成15年5月30日及び平成16年11月10日にg診療所(内科)に通院したが(前記第2、1、(3)、⑦)、甲37号証には、平成15年5月30日、頭痛、めまい、耳鳴りのため受診したとする部分があるが、甲37号証別紙資料三によっても、上記症状と本件事故との因果関係を認めることはできない。甲37号証が脳脊髄液減少症に関連するとする点は後述する。
 平成16年11月10日の通院については、通院の目的、その際の症状、治療内容等が不明で、その治療費と本件事故との相当因果関係は認められない。