小松法律事務所

髄液漏れを否認した平成28年6月29日名古屋地裁判決理由等紹介


○「髄液漏れ一審判決否認を覆した名古屋高裁平成28年12月21日判決紹介」の続きで、その第一審平成28年6月29日名古屋地裁判決(自保ジャーナル・第2010号)の低髄液圧症候群の判断部分を紹介します。

○同じ医療記録を見て、判断が180度分かれています。起立性頭痛に関しては、一審判決は、「原告は、本件事故後から平成23年11月末まで、起立時の頸部痛や頸部の突っぱり痛を訴えたことがあったものの、起立性頭痛を訴えた形跡はなく、前記診断当時の診療録や診断書を検討しても、丙川医師が起立性頭痛を検討し、低髄液圧症候群ないしその疑いと診断した形跡は認められない。」としています。

○これに対し控訴審判決は、「控訴人が明確な頭痛を訴え始めたのは、上記のとおり本件事故日の10日後であり、それ自体は必ずしも事故直後であるとはいえないが、これは、控訴人が本件事故により他の多数箇所に激しい痛みや痺れが生じていた上、安静臥床している時間が長かったために、起立性の頭痛を明確に感じるのが遅れたにすぎないものと解され、本件事故直後に起立性の頭痛が生じていなかったとは断定できない。」としています。

○この辺の認定は、代理人が医療記録をどこまで詳細に検討し主張を展開するかにもよりますが、被害者としての患者主張にどこまでより沿って検討するかの裁判官の姿勢が、大きく左右します。当時の名古屋高裁藤山裁判長のような姿勢の裁判官が増えることを期待しているのですが、残念ながら、一審判決のように被害者としての患者に寄り添う精神が殆ど感じられない裁判官が多いのが実情です。

○一審判決では、今回の平成23年5月の事故での障害について、12年も前の平成11年12月の事故での第14級後遺障害の影響によるものと推認されるとしているのには驚きました。この点について藤山判決は、「かつて認定を受けた14級10号の後遺障害は、その程度や内容及び控訴人の供述からして、本件事故までの間に、少なくとも控訴人の自覚症状としては既に消滅していた」と真っ当な認定をしています。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求

 被告は、原告に対し、888万4739円及びこれに対する平成23年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は、原告運転の自転車(以下「原告自転車」という。)と被告運転の自動車(以下「被告自動車」という。)との間で発生した交通事故について、原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、人的損害に係る損害金合計888万4739円及びこれに対する平成23年5月13日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 交通事故の発生

 次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
①日時 平成23年5月13日午後0時45分頃
②場所 愛知県春日井市<地番略>路線上(国道a号線)
③被告自動車 普通乗用自動車
④態様 原告が歩道(自転車通行可)を東から西に向かって原告自転車を運転して走行中、突然右方に存する飲食店の駐車場から歩道に進入した被告自動車が原告自転車の右側面に衝突したため、衝突の衝撃により原告は路上の右前方に右手を打ちつけながら落下した。

(2) 傷害の内容・治療経過

         (中略)


第三 争点に対する判断
1 争点1(後遺障害の内容・程度)


         (中略)


(2) 原告の主張に対する判断
ア 低髄液圧症候群
 原告は、本件事故により、低髄液圧症候群の傷害を負った旨主張する。
 しかし、前記認定によれば、原告は、本件事故日から平成23年11月30日まで、B整形外科において、起立性頭痛を訴えた形跡はなく、自賠責保険の認定においても、頸部MRIミエログラフィー画像上、明らかな脳脊髄液の漏出所見は認められず、その他の診断書等においても、低髄液圧症候群の裏付けとなる他覚的所見に乏しかったことが認められる。

 また、原告は、平成23年11月頃、後遺障害の事前認定手続を行ったが、平成24年1月頃、非該当の認定を受けたため、同年2月、後遺障害12級認定を希望してC病院の診察を勧められ、同年3月、C病院でブラッドパッチ治療を受け、同年8月、前記の事前認定に対する異議を申し立てたが、平成25年1月、再び非該当の認定を受け、同年11月、再びブラッドパッチの治療を受けたことが認められる。

 以上によれば、原告は、本件事故によって低髄液圧症候群を裏付ける起立性頭痛の症状が出現したとはいえず、他覚的所見に乏しい上、自賠責保険において、事前認定(非該当)を受けるや、紹介を受けてC病院を受診し、ブラッドパッチ治療を受けるなどしており、その症状が一貫しているとはいえない。以上の症状経過、他覚的所見等に照らすと、本件事故によって低髄液圧症候群が発症したとはいえない。

 この点に関し、証拠によれば、B整形外科の平成23年5月23日の診療録には、「頭重感(+)。→IH(低髄液圧症候群)か。」との記載があること、丙川医師は、照会に対し、事故当初は、安静臥床している時間が長かったので起立性頭痛が強く出なかったことから、低髄液圧症候群の症状が顕著でなかったが、後から考えると、頭痛や起立性頭痛などの症状は当初から存在していた旨回答していることが認められる。

 しかし、前記認定のとおり、原告は、本件事故後から平成23年11月末まで、起立時の頸部痛や頸部の突っぱり痛を訴えたことがあったものの、起立性頭痛を訴えた形跡はなく、前記診断当時の診療録や診断書を検討しても、丙川医師が起立性頭痛を検討し、低髄液圧症候群ないしその疑いと診断した形跡は認められない。また、丙川 医師は、平成24年8月22日付けのFAX書面では、頸椎ROM制限の原因は、頸椎の骨・靱帯・椎間板・神経のいずれでもなく、低髄液圧症候群(硬膜損傷)であると記載しながら、平成23年11月30日付けの後遺障害診断書では、頸椎の可動域を記載し、傷病名を頸椎椎間板損傷・右手関節靱帯損傷・軟骨損傷として、低髄液圧 症候群をうかがわせる記載は全くなく、判断内容が整合していない。したがって、丙川医師の前記回答等は採用できない。

 その他、原告が本件事故により低髄液圧症候群を発症したことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告の前記主張は採用できない。

イ 頸椎部の運動障害
 原告は、頸椎部に運動障害を残す旨主張する。
 しかし、前記認定のとおり、原告が主張の根拠とする後遺障害診断書において、頸椎の可動域制限の記載はあるものの、頸椎の運動障害の記載は認められない。また、頸部画像上、本件事故による骨折等の外傷性の異常所見や左上肢症状と整合する脊髄・神経痕への明らかな圧迫も認められず、脊柱固定術の施行も認められないから、局部の神経症状として評価するほかはない。

 そして、原告は、本件事故日時点において、頸椎や腰椎に狭窄が認められ、頸椎に椎間版の突出が認められ、これにより神経が著明に圧迫されていること、本件事故以前の平成11年12月4日発生の事故による頸部受傷に伴う頸部痛、左上肢・左第5指の慢性的シビレの症状に対し、別表第二の14級10号が認定されているから、原告主張の運動障害は、本件事故時に既に存在した頸椎や腰椎の狭窄、頸椎椎間板の突出、従前の後遺障害の影響によるものと推認され、本件事故により増悪したことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 したがって、原告主張の運動障害と本件事故との間に相当因果関係が認められず、原告の前記 主張は採用できない。

ウ 右手関節の機能障害
 原告は、右手関節に機能障害を残す旨主張する。
 しかし、前記認定のとおり、右手関節部の画像上、本件事故による骨折等の外傷性の異常所見や明らかな右手関節靱帯損傷・軟骨損傷は認められず、症状の裏付けとなる他覚的な異常所見は認められない。また、B整形外科の診療記録においても、平成23年10月1日から同年11月30日では、具体的症状として右手関節にかかる症状の記載はない。その他、原告の右手関節の機能障害が発生したことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告の前記主張は採用できない。

エ 左肩関節の硬直・可動範囲減少
 原告は、本件事故による受傷当時から左上肢を動かすと左肩関節の痛みが生じており、その痛みが原因となって長期間、左上肢を使用することを控えていたが、長期間の不使用が原因となって左肩関節部が硬直状態となって関節の可動範囲が著しく減少した旨主張する。

 しかし、前記認定のとおり、原告は、本件事故から3年余りが経過した平成26年7月26日、左肩痛を初めて訴え、B整形外科の担当医からも左肩は交通事故とは無関係と判断されたこと、その後、平成27年1月、同年2月に左肩症状軽度悪化傾向があったことが認められ、前記担当医の判断や本件事故からの経過年数に照らして、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。その他、本件示談により原告の右手関節の機能障害が発生したことを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって、原告の前記主張は採用できない。

オ まとめ
 以上によれば、本件事故により原告主張の後遺障害が発症したとはいえない。