小松法律事務所

交通事故でのPTSD否認しうつ症状を後遺障害第9級10号認定判例紹介


○「交通事故による傷害を原因としてPTSD発症を否認した高裁判例紹介1」に続けて交通事故とPTSDの関連判例を紹介します。時速15ないし20㎞の自動車と自転車が衝突した生命にかかわる重大事故とは言えない事故でも被害者本人にとっては大きな衝撃となった事案の平成19年11月21日名古屋地裁判決(自動車保険ジャーナル・第1728号)のPTSD関連部分を紹介します。

○事案は、26歳男子専門学校生・アルバイトの原告は、平成13年9月21日午前8時55分ころ、愛知県半田市内の横断歩道で自転車を押して横断中、被告運転の乗用車が右折してきて衝突、右陰嚢打撲等からPTSDを発症、714日入通院して3級3号後遺障害を残したとして、既払金134万0148円を控除して1億0889万7390円を求めて訴えを提起したものです。

○名古屋地裁判決は、PTSDはDSM-Ⅳ基準に照らし、「PTSDを発症しているとすることはできない」と否認しましたが、うつ症状は、受傷直後からの訴えもあり、「本件事故が契機となった」「因果関係が認められる」とし、その症状は14級相当の喪失率にするには「ほど遠い症状で」「等級の9級10号に該当する」としました。但し、うつ症状は、事故態様等から「原告の素因による部分も多分にある」「素因減額として4割を控除する」としました。

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主  文
1 被告は、原告に対し、金2140万6385円及びこれに対する平成13年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その3を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

1 被告は、原告に対し、1億0889万7390円及びこれに対する平成12年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言

第二 事案の概要
 本件は交通事故により受傷した原告が、被告に対し、民法709条に基づき損害賠償請求をなした事案である。
1 当事者間に争いがない事実等(以下証拠の記載のない事実は争いがない。)
(1) 本件事故
日時   平成13年9月21日午前8時55分ころ
場所   愛知県〈地番略〉先道路上
被告車  被告運転の普通乗用自動車
原告   自転車を引いて歩行中
事故態様 本件交差点の東側の横断歩道を自転車を引いて北から南へ横断中の原告に対し、当該交差点の南側道路から東方へ右折してきた被告車が衝突した。

(2) 被告には、前方及び右方注視義務違反の過失に基づく民法709条の不法行為責任がある。

         (中略)

第三 当裁判所の判断
1 争点(1)について


         (中略)

(4) うつ状態及び心的外傷後ストレス障害(PTSD)について
ア 証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
 原告は、B病院神経科心療科精神科に、平成14年2月6日から、うつ状態及び心的外傷後ストレス障害で通院加療中であり、平成14年8月16日、同病院で「うつ状態および心的外傷後ストレス障害」の診断を受け(証拠略)、同病院医師丙川作成の自動車損害賠償責任共済後遺障害診断書の症状名も「うつ状態および心的外傷後ストレス障害」となっており(証拠略)、自覚症状として、「不眠。食欲不振。車や横断歩道が恐い。外を歩く時緊張する。」と記載されている。症状固定日は、平成15年9月5日となっている(証拠略)。

 原告に交付された保健福祉手帳では、平成17年6月23日に3級の(証拠略)、平成19年6月30日の更新時点では2級の認定を受けている(証拠略)。
 全国共済農業協同組合連合会での後遺障害等級認定で、うつ状態及び心的外傷後ストレス障害により残存した不眠、食欲不振、車や横断歩道が怖い等との訴えにつき14級10号の認定を受けている(証拠略)。
 原告は、現在、仕事ができず、部屋にこもりきりで昼夜逆転した生活を送っており、 自殺のため自殺の名所に出かけたりするなど、自殺念慮が見られる。また、B病院に何度か緊急搬送されている。

イ そこで、検討するに、まず、原告が心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるかどうかの点について検討する。
 証拠(略)によれば、本件事故は、原告が自転車を押して横断歩道を渡っていたとき、右折してきた被告車が自転車に衝突し、自転車と共に原告が倒れたこと、被告車は時速15ないし20㎞であり、衝突地点から約6.5m手前で急ブレーキをかけたこと、原告は、衝突地点から約3.5m離れた地点で倒れていたことが認められる。

 原告は、原告が水路に転落する恐れがあったと主張するが、原告は現実に転落はしておらず、かかる前提を採ることはできない。そして、本件事故の態様に照らすと、本件事故が原告にとって、いわゆるDSM-Ⅳの基準Aの「実際にまたは危うく死にそうになったり大けがをしそうになったりする出来事」と認めることは難しい。したがって原告が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症しているとすることはできない。

 しかし、うつ状態については前記認定のとおり診断書もあり、原告の症状に照らすと、特にこれを否定する事情はない。そして、原告の現在の状況は、前記認定のとおりであり、本件事故とB病院でのうつ状態の治療開始までに5か月弱の間があるものの、その間本件事故による傷害のための治療が続いており、原告は痛みが続き、そのために眠れないことが多かったこと(証拠略)、本件事故以前に原告に心因的症状はなく、本件事故後前記症状が現れていることを考えると、うつ状態については本件事故が契機となったものと認められ、原告の現在のうつ状態と本件事故との間に相当因果関係を認めるのが相当
である。

(5) 結論
 したがって、原告は、本件事故により、右陰嚢打撲、右手関節挫傷、右腰部・臀部挫傷・背部挫傷の傷害を負い、これらは平成14年2月12日に治癒したことが認められる。また、原告は本件事故によりうつ状態となり、症状固定したことが認められる。しかし、第3腰椎分離症、第5腰椎分離症については、本件事故が原因とは認められず、したがって、その治療であるC病院での治療については本件事故との相当因果関係が認められない。

2 争点(2)について
(1) まず、右手関節挫傷、右腰部・臀部挫傷・背部挫傷の傷害については、自動車損害賠償責任共済後遺障害診断書(証拠略)が作成されている。しかし、前記診断書記載の自覚症状としての、腰部痛、右下腿の疼痛、しびれ感の症状については、他覚的所見は認められず、したがって、原告に前記傷病から後遺障害が発生したとすることはできない。また、後遺症として、前記診断書には脊柱の可動域制限の記載があるが、前記のとおり第3腰椎分離症、第5腰椎分離症と本件事故との間に相当因果関係が認められず、したがって、これをもって本件事故の後遺症とすることはできない。

(2) さらに、うつ状態について原告は現在もその症状が続いており、後遺障 害と認められる。被告は、原告の心因的症状について、後遺障害等級14級であると主張し、後遺障害の事前認定では14級の認定を受けている。しかし、保健福祉手帳の等級は3級から2級の認定を受け、また、原告の現在の症状は労働能力を後遺障害 等級14級相当の5%失ったとするにはほど遠い症状であり、原告の保健福祉手帳の等級及び労働能力の喪失の程度等を勘案すると、原告のうつ状態の後遺障害の程度は後遺障害等級の9級10号に該当するものと認めるのが相当である。