小松法律事務所

交通事故傷害とPTSD発症の因果関係を認めた地裁判例紹介2


○「交通事故でのPTSD否認しうつ症状を後遺障害第9級10号認定判例紹介」に関連したPTSDと交通事故の因果関係を認めた平成13年11月21日函館地裁判決(判時1780号132頁)の必要部分を紹介します。

○原告が被告運転の自動車に衝突されて負傷した交通事故につき、原告が被告に対し、不法行為に基づき損害賠償を求めたところ、原告が事故後に発症した神経疾患が、神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるかどうか、PTSDである場合に、事故との因果関係があるかどうかが問題となった事案です。

○判決では、DSM-IVのPTSDの診断基準の6つのクライテリアを詳細にあげて、原告の症状は、DSM―4心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準AないしFの六つのクライテリアを充足しているとして、PTSDと認められ、かつ、それは本件事故に起因するものと推認されるとして、事故とPTSDとの相当因果関係を認めました。

○PTSDが心因によるものであること、本人の性格傾向や遺伝的素因及び養育環境等の様々な因子が寄与するものであることなどからすれば、当事者間の損害の公平な分担の見地から、損害額の減額が相当であるが、交通事故によるPTSDの発症が稀であるからといって大幅に減額することは相当ではなく、被害者に生じた損害が、治療費、交通費、雑費及び慰謝料並びに休業損害のみであること、被害者自身は、恐怖心を取り去って正気の社会復帰を望みながら治療を受けていたことなどの事情に照らし、その減額の割合は3割が相当であるとされました。

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主   文
一 被告は、原告に対し、金321万6098円及びこれに対する平成8年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを10分し、その6を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は、原告に対し、金846万6314円及びこれに対する平成8年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、原告が被告運転の自動車に衝突されて負傷した交通事故につき、原告が被告に対し、民法709条に基づき損害賠償を求めた事案である。

一 争いのない事実
(1)事故の発生(以下「本件事故」という。)

         (中略)


二 争点
(1)原告が本件事故後に発症した精神疾患は、神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるか。神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)である場合、本件事故との間に因果関係があるか。
(原告の主張)
 原告は、本件事故によって、神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)を罹患した。すなわち、本件事故は、自動車の外に立っていた原告に対し、被告が運転する自動車が衝突した事件であり、突然暗闇の中から大きなライトが原告に向かって飛び込んできたもので、原告は、死の危険を感じる恐怖を体験した結果、精神的にダメージを受け、神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負ったものである。

(被告の主張)
 原告が神経症に罹患し精神科の治療を受けたことは認めるが、原告の神経症は脳や中枢の器質的病変によるものではなく、恐怖体験という心因によるものであり、本件事故との間に因果関係を認めることには疑問がある。
 仮に、何らかの因果関係が認められるとしても、本件程度の加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を大きく逸脱しており、その発症には原告の心因的要因が極めて大きく寄与していると言わざるを得ない。原告の精神疾患が心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるかどうかは不明であるが、仮に心的外傷後ストレス障害(PTSD)であるとしても、その疾患に対する本件事故の寄与率は〇・2パーセント程度に過ぎないというべきである。

         (中略)

第三 当裁判所の判断
一 原告が罹患した神経症ないし心的外傷後ストレス障害(PTSD)と本件事故との因果関係について
(1)前記争いのない事実に(証拠省略)によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は、平成8年6月20日、長野県岡谷市から郷里の北海道に向かい、軽自動車を運転して出発した。翌21日夜、秋田市を目指し、片側一車線の国道7号線を進行していたところ、翌22日午前1時過ぎ、自動車がガス欠でストップしそうになってしまったことに気づき、秋田県○○○○150番地先の道路の路肩に自動車を停車させ、自動車から降りた。原告は、交通の妨げにならないように、運転席のドアーを開けてハンドルを操作しながら車を押して歩道の上に移動させようと思い、運転席のドアーを開け、後方から進行してくる自動車に注意しながら、自動車の運転席側とドアーの間に立った。

 その時、普通自動車を運転して反対車線を進行してきた被告が、酒気帯び運転によって対向車線にはみ出し、その普通自動車を原告の軽自動車の右前部に衝突させるとともに、その衝撃で原告を跳ね飛ばして道路に転倒させた。原告は、後方から進行してくる車を注意していて、前方は気にしていなかったところ、その前方の対向車線方向から、突然不覚に、強烈な車のライトが現れて自己の顔を照らされ、車同士が衝突する衝撃音を聞くと同時に、身体に強い衝撃を受け、道路上に跳ね飛ばされて一時意識を喪失したものである。

イ 原告は、本件事故後、同年7月ころから、睡眠中に強烈なライトの光や衝撃音などを夢に見て、大声を上げたり、恐怖感から目を覚まして眠れなくなるという不眠状態が続き、さらに、車のライトやブレーキ音、衝撃音に敏感に反応し、恐怖感を覚えて身体が硬直し、そのため外出できなくなった。

 原告は、このような不眠状態等が一か月以上続いたため、同年8月、本件事故による頸椎捻挫等の診療を受けていた遠藤整形外科の遠藤尚暢医師に相談したところ、函館市医師会病院の紹介を受けた。そのため、原告は、同月23日、函館市医師会病院神経内科で受診したが、さらに精神科で精査することを勧められ、函館渡辺病院精神科を紹介された。原告を診察した函館市医師会病院神経内科の佐藤達朗医師作成の診断書によると、傷病名及びその原因につき本件事故による外傷後神経症と診断されている。

ウ 原告は、同年8月26日、函館渡辺病院精神科で受診した。その際、原告は、同病院の板橋栄治医師に対し、フラッシュバックすなわち本件事故現場を再体験するような感じで恐慌状態に陥り、車の音(ブレーキ音)や物音(衝撃音)、車のライトに過敏に反応して恐怖心が出現し、そのため外出ができないこと、不眠や悪夢に悩んでいること、夜間に睡眠中大声をあげることが度々認められるようになったこと、特に夜になると恐怖心が強くなることなどを訴え、原告には抑うつ症状もみられた。

エ 原告は、その後二回函館渡辺病院精神科に通院し、投薬治療を受けたが、自宅において治療を続けることは相当でなかったため、同年9月2日、同病院に入院した。入院中、向精神薬による薬物療法や精神療法による治療を受けた。入院当初は、食欲不良、睡眠障害が持続し、悪夢がみられ、病棟をうろうろ歩き回ったり、些細なことで怒りっぽくなり、時には大声を出したり、看護婦や他の入院患者とトラブルを引き起こしたり、暴力を振るうなどの衝動行為がみられ、さらに自殺念慮もみられた。そのため、開放病棟から閉鎖病棟に移って治療を受けた。

 原告自身は、恐怖心を取り去って、早期の社会復帰を望んでいた。同年11月6日、同病院を退院し、以後、通院治療を受けることとなった。原告は、通院中も、向精神薬による薬物療法や精神療法による治療を受け続けた。退院後、当初は外出できる精神状態ではなく、家の中に引きこもったままであった。平成9年1月下旬ころから、状態は落ち着きはじめ、同年2月に至り、ようやく人前に出られるようになり、同年2月下旬ころ、状態は安定し、同年5月下旬ころから、改善傾向が認められ投薬量を減らすようになった。その後さらに改善がみられたため、同年10月6日、投薬治療が中止され、以後原告は通院治療を受けていない。

オ 函館渡辺病院精神科の板橋栄治医師は、原告の前記精神疾患に対し、本件事故が原因の心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断している。
 以上の事実が認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。

(2)心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは、強い精神的外傷後に生じてくる精神症状をいう。自然災害、戦争体験、事故、あるいは強盗や強姦などの被害後、あるいは目撃後にみられるのが代表的なものである。心的外傷の直後に生じる急性反応(急性ストレス反応)ではなく、外傷経験から1、2週間ないし数か月経てから発症してくる、いわゆる遷延反応のことをいう。体験した悲惨、残酷な状況が眼前に再現し、悪夢にうなされる。不安、憂うつ感、無欲、無関心、易怒、罪悪感、絶望感、不眠、錯乱などの症状が出現し、幻覚も生じることがある。心因性健忘をみとめ、事故のことを想起できない。動悸、発汗など自律神経症状もみられることがある。抗不安薬、抗うつ薬など薬物療法のほかに、主種の精神療法が必要である。

米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第四改訂版であるDSM―4の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準は、次のとおりである。
A 患者は、以下の2つが共に認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある。
〔1〕実際にまた危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、一度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、患者が体験し、目撃し、または直面した。
〔2〕患者の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。

B 外傷的な出来事が、以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている。
〔1〕出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起で、それは心像、思考、または知覚を含む。
〔2〕出来事についての反復的で苦痛な夢。
〔3〕外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む。また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む)。
〔4〕外傷的出来事の一つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛。
〔5〕外傷的出来事の一つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理的反応性。

C 以上の3つ(またはそれ以上)によって示される、(外傷以前には存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺。
〔1〕外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力。
〔2〕外傷を想起させる活動、場所または人物を避けようとする努力。
〔3〕外傷の重要な側面の想起不能。
〔4〕重要な活動への関心または参加の著しい減退。
〔5〕他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚。
〔6〕感情の範囲の縮小(例‥愛の感情を持つことができない)。
〔7〕未来が短縮した感覚(例‥仕事、結婚、子供、または正常な一生を期待しない)。

D(外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で、以下の2つ(またはそれ以上)によって示される。
〔1〕入眠または睡眠持続の困難
〔2〕易刺激性または怒りの爆発
〔3〕集中困難
〔4〕過度の警戒心
〔5〕過剰な驚愕反応

E 障害(基準B、C、およびDの症状)の持続期間が1か月以上。

F 障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
該当すれば特定せよ‥
急性‥症状の持続期間が3か月末満の場合
慢性‥症状の持続期間が3か月以上の場合
該当すれば特定せよ‥
発症遅延‥症状の始まりがストレス因子から少なくとも6か月の場合。

(3)前記(1)により認められる原告の症状は、本件事故前にはみられなかったものであり、本件事故後1か月以内に発現し、かつ、以後1か月以上にわたり持続しており、その症状には、不眠や悪夢等の睡眠障害、易怒的症状、本件事故の再体験症状、外傷と関連した刺激の回避等が認められる。

 また、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、交通事故の場合であっても、その事故が死にかかわるような恐怖体験のような種類のものであれば、十分起こり得るものである。原告が本件事故により被った傷害は、必ずしも重傷とはいえないが、本件事故態様に鑑みれば、原告にとって本件事故体験は十分に死の危険を感じる程度の脅威であったと推認できる。
 したがって、原告の症状は、DSM―4心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準AないしFの六つのクライテリアを充足していると認められる


 さらに、前記のとおり、原告を長期にわたって診察治療した板橋栄治医師は、原告に発症した精神疾患は本件事故が原因で発症した心的外傷後ストレス障害(PTSD)であると確定診断しており、この意見・診断の医学的相当性を疑わせるべき具体的証拠は存しない。
 また、たとえ原告の精神疾患が脳や中枢の器質的病変によるものではなく、恐怖体験という心因によるものであるとしても、そのことは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を否定する根拠とはなり得ないし、また、交通事故により心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症することが極めて稀であるとしても、そのことが直ちに本件事故との相当因果関係を否定することにはならない。

(4)以上によれば、原告の前記精神疾患は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と認められ、かつ、それは本件事故に起因するものと推認でき、したがって、本件事故と原告の心的外傷後ストレス障害(PTSD)との間には相当因果関係が認められる。

二 損害の公平な分担の見地からの減額
 本件事故と心的外傷後ストレス障害(PTSD)との間には相当因果関係が認められるとしても、そもそも同精神疾患は、恐怖体験という心因によるものであること、外傷的出来事への暴露のみで同精神疾患を発症させ、あるいは遷延させるものではなく、本人の性格傾向や遺伝的素因及び養育環境等の様々な因子が寄与するものであること、交通事故により心的外傷後ストレス障害(PTSD)が発症することは極めて稀であること、原告は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹りやすい性格傾向が認められ、その発症には原告の性格的素因が多分に寄与しているものと推認できることなどの事情に照らすと、本件事故による損害をすべて被告に負担させることは、当事者間の損害の公平な分担の見地から妥当でなく、被告が負担すべき損害について損害額全体から減額するのが相当である。


 もっとも、交通事故により心的外傷後ストレス障害(PTSD)が発症することが極めて稀であるからといって、直ちにこれを大幅に減額することは相当でない。前記各事情並びに本件事故態様及び治療内容・期間のほかに、原告には本件事故前における精神疾患の既往歴がないこと、原告に生じた損害は、一般にその額が多額となり得る後遺障害慰謝料及び逸失利益が含まれておらず、入通院治療に係る治療費、交通費、雑費及び慰謝料並びに休業損害のみであること、原告自身は、恐怖心を取り去って早期の社会復帰を望みながら治療を受けていたこと等の事情に照らすと、被告が負担すべき損害については、損害額全体から3割を減額するのが相当である。