小松法律事務所

交通事故と心因性視力障害の因果関係を認めた地裁判決紹介4


○「交通事故と心因性視力障害の因果関係を認めた地裁判決紹介3」の続きで、衝突事故で1・5の視力が0・4に低下した被害者の事案で、器質的異常が不存在であるが、治療態度や主張等から、詐病ではなく、心因性障害が関与するものと、併合8級から素因減額を適用し、喪失率22・5%で10年間逸失利益を認定した平成11年7月22日京都地裁判決(自動車保険ジャーナル・第1342号)関連部分を紹介します。

○判決は、本件事故と視力障害の相当因果関係を認め、1年半前の検査で1・5の視力が事故後2日目に視力低下を自覚、矯正視力0・4で症状固定し、視力障害の原因となる器質的異常がみられず、「機能的障害と分類せざるを得ない」と認定、ただし「真摯な態度で検査に臨み、症状を誇張することなく」医師も詐盲ではないと診断しており、就労意欲もあるが症状が原因で断られ、鍼灸師の資格取得を考えている等9級1号と前庭眼反射不全の12級の「併合8級に該当する」と認定しました。

○しかし、視力障害は「心因性要因による」とされ「8級に相当する45%から50%減額して、22・5%」の労働能力喪失率を認め、喪失期間は、「心因性要因が除かれると治る可能性が高い」ので67歳までの20年間ではなく「10年の限度で労働能力の喪失を認める」としました。

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主   文
一 被告は、原告に対し、金1357万5681円及びこれに対する平成6年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は、原告に対し、金4043万7787円及びこれに対する平成6年11月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は、路外の自宅車庫から道路に進出してきた普通乗用自動車と衝突する交通事故により負傷した原動機付自転車の運転者が、普通乗用自動車の運転者に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条、民法709条に基づき、損害賠償を請求した事件である。
一 争いのない事実及び証拠(略)により容易に認められる事実
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 発生日時 平成6年11月30日午前7時50分ころ
(二) 発生場所 京都市伏見区挑山町新町26番地先 市道無名通
          (以下「本件道路」という。)
(三) 被害車両 原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)
(四) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
(五) 事故態様 原告が原告車を運転して本件道路を東から西に向かって走行中、被告車が本件道路南側の被告宅車庫から東を向いて発進し、本件道路内に進行したため、被告車前部と原告車が衝突し、その勢いで原告は被告車のボンネットを飛び越えて本件道路に落下したもの。

2 原告の受傷及び治療経過

         (中略)

第三 争点に対する判断
一 争点1-本件事故の態様及び過失相殺(原告と被告の過失割合)

1 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様について、次の事実が認められる。
(一) 本件事故発生場所付近の状況は、概ね別紙「交通事故現場見取図」(以下「別紙図面」という。)記載のとおりである。
 本件道路は、東西に通ずるアスファルト舗装された幅員約3・6㍍(路側帯を含めて幅員4・9㍍)の平坦な道路で、本件事故当時、天候は晴れで、路面は乾燥していた。
 本件道路は、本件事故発生場所付近で、南北に通ずる道路(本件道路の北側では幅員3・9㍍、本件道路の南側では幅員1・75㍍。以下「交差道路」という。)と交差している。同交差点は、信号機による交通整理は行われておらず、交差点の西南角には、被告の自宅があり、本件事故は、被告宅の前の本件道路上で発生した。

(二) 被告は、本件事故当時、勤務先へ出勤するために、被告宅車庫から被告車を運転して本件道路に出てから交差道路を北方に進行しようとして、別紙図面①点で被告車に乗った。被告は、北方の交差道路を見て、続いて前方を見て、前方から何も来ていないようだったので、右地点から東に向けて発進した。被告車からの見通しは、右斜め前方がブロック塀のため不良であり、交差道路からは車両がよく走行してくるが、本件道路を西進してくる車両は少ないため、被告は、自宅車庫から本件道路に進出する際、前方(東方)に対する安全確認が十分ではなかった。

 被告は、発進した同図面①地点から時速約5ないし6㌔㍍の速度で約2・5㍍進行して同図面②地点に至ったとき、②地点から約2・1㍍前方の同図面×地点に本件道路を西進してくる原告車を発見し、同図面×地点で被告車の前部と原告車の前部が衝突するのと同時に急ブレーキをかけ、約1㍍進行して同図面③地点に停止した。

(三) 原告は、本件事故当時、通常の出勤時刻より20分ほど早めに自宅を出発して、勤務先へ出勤するため、フルフェイスのへルメットをかぶって原告車を運転し、本件道路を時速約20ないし25㌔㍍の速度で東から西に向かって走行していた。交差道路から南進してくる車両がよくあるため、原告は、本件道路の左側を走行していた。原告は、交差点にさしかかる前に、交差道路から南進してきて交差点を右折して本件道路を西進する車両を3台ほどやり過ごして、北側の交差道路からの後続進入車がないことを確認し、視線を前方に戻し、交差点に進入したところ、突然、左前方から被告車が道路に進出してくるのを発見したため、ブレーキをかける間もなく、被告車の前部と原告車の前部が衝突した。

 原告は、衝突のはずみで、被告車のボンネットを飛び越えて道路に落下し、路面に身体(特に、膝と右側頭部)を打ちつけ、ヘルメットの右側に傷がついた。原告車からの見通しは、左方が不良であり、原告は、本件道路をいつも出勤途上に通行するが、被告宅に車庫があることは知らず、通常の出勤時刻には、被告車のように左方から本件道路に進出してくる車両がなかったので、まさか車両が出てくるとは思っていなかった。

 本件事故後、原告は同図面ア地点(同図面×地点から1・6㍍)に、原告車は同図面イ地点(同図面×地点から0・6㍍)に、それぞれ転倒した。本件事故直後、原告は、意識消失はないものの、年齢等を正確に答えられないなど軽度の見当識障害があり、また、立ち上がることができず、歩行不能であったため、大島病院に救急搬送された。


         (中略)

二 争点2-本件事故による後遺障害の有無、内容、程度及び存続期間
1 本件事故前の原告の視力の程度

 原告は、昭和51年ころから昭和55年ころまでの間、三重県の鈴鹿サーキットにおいてオートバイ等の開発テストのテストドライバーをしており、レース用オートバイのテストの場合には、直線で時速280㌔㍍程度で走行することもあり、動体視力は非常に良く、本件事故当時も、トラックを運転して時速100㌔㍍で走行している時に道路上に落ちている100円玉が見えるほどであった。

 原告は、平成5年3月17日、自動車事故対策センターで視覚機能テストを受けたところ、その結果は、両眼とも視力が1・5であり、深視力(遠近感の正確さ)及び動体視力(動いている物を見るときの視力)のいずれもA(よい)評価であった(自動車事故対策センターへの調査嘱託の結果)。

2 本件事故後の原告の治療経過

         (中略)


3 原告の視力障害の原因-心因性と詐病との鑑別
(一) 原告の視力障害の原因

(1) 矯正視力の低下
 前記認定のとおり、原告は、本件事故の2日後から視力低下を自覚し、平成6年12月6日に視力を測定したところ、右が0・4(0・7)、左が0・5(0・7)であり、同月13日にはいったん両眼とも視力1・0と測定されたものの、同月20日には、再び視力の低下が見られ、以後、矯正視力が低下したまま推移して症状固定に至ったのであり、全体の経過から見ると、本件事故直後から矯正視力の低下が現れていたというべきであり、平成6年12月13日の左右ともに1・0との視力測定結果は、むしろ特異な測定値と位置づけるのが相当であり、右測定結果をもって、原告の矯正視力の低下と本件事故との間の相当因果関係を否定するのは合理的でない。

 しかしながら、原告の矯正視力が0・6以上に矯正できない原因となるような器質的異常は、視運動眼振検査、視覚誘発電位検査、ハンフリー自動静的視野検査、ゴールドマン動的視野検査等の各種検査を行うも、同定することができず、原告の視力低下は、非器質的原因によるもの、すなわち、機能的障害と分類せざるを得ない。

 他覚的所見なしに事故後時間をおいて視力が低下する原因としては、事故により視力に関与した神経系において毛細血管レベルでの循環障害が生じ、徐々に神経の変性が進み、遅発性の器質的な組織障害が起こることも考えられるが、このようなマイクロレベルの障害は、組織切片でも作らない限り証明されにくい。

 なお、府立医大病院において平成8年2月23日に実施された多局的網膜電図検査(VERISという測定機を用いた、網膜の局所の光応答性を網膜電図によって他覚的に評価する方法)においては、中心窩における反応が認められず、何らかの器質的障害の存在を示唆するものと考える余地がないわけではないが、多局網膜電図検査の結果については、結果が陰性であるからと言って器質的障害を100%示唆するとは限らず、また、逆に、器質的障害があるからといって結果が陰性となるとは限らないことから、一般的に信頼性に疑念が持たれていることを考慮すると、右検査結果から、他覚的に視機能を評価することはできない。

(2) 調節緊張症
 原告には、調節緊張状態を説明づけられるような器質的障害がとらえられておらず、調節緊張症も非器質的原因によるもの、すなわち、機能的障害と分類せざるを得ない(柏井聡証人)。

(3) 前庭眼反射不全

         (中略)

(二) 心因性と詐病との鑑別
 機能的障害は、更に心因性(無意識のうちに症状を訴えるもの)と詐病(意識的に症状を訴えるもの)に分類される(乙1、柏井聡証人)ので、原告の視力障害が心因性障害か詐病かの鑑別が必要となる。そこで、この点について、以下、検討する。
(1) 担当医師の所見
 府立医大病院における担当医師である滝医師は、視力測定時の原告の応答や態度には不自然さは全く認められなかったこと、また、原告の視力低下の程度では、運転そのものは可能とは言い難いものの、運転免許も何とか維持可能であり、また、補償もそれほど大きいものではなく、視力を偽ることによる利益は少ないと考えられることから、原告の視力低下は詐盲ではないと診断している。
 京大病院における担当医師である柏井医師も、神経眼科外来で検査した時の原告の応答等や、非常に真撃な態度で検査に望み、症状を誇張することなく述べる原告の態度から、心因的な原因によって症状が起こっているのではないかという印象を持っている。
 また、柏井医師は、平成8年7月31日に京大病院において行ったチトマス立体視検査の結果は、近見視力で言えば0・7から0・8くらいの中心視力があることを意味し、原告の中心視力は、本当は、矯正視力0・4ないし0・6の間よりは若干良好なはずであると考えられることも、心因的要因が示唆される1つの大きな理由と言えるとしている。

(2) 原告の就労意欲

         (中略)


(5) 結論
 原告の治療については、各種の心理検査等は行われておらず、また、原告に対する精神科への受診指導もされておらず、被告が主張するように、精神医学的な側面からのアプローチに欠ける側面があることは否めないが、以上の認定事実に加えて、原告本人尋問における原告の供述態度を総合考慮すると、原告は、現実に前記認定の視力障害に苦しんでいることが認められ、詐病ではなく、心因性障害であると認めるのが相当である。

 なお、原告は、本件事故後の平成8年4月8日に運転免許を更新することができたことが認められる(乙三の1及び2)が、前記認定のとおり、原告の視力に日によって較差があることは原告自身が認めており、京大病院における平成8年4月3日の視力検査の結果は、右0・3(0・3)、左0・4(0・4)であり、府立医大病院における平成8年4月12日の視力検査の結果は、右0・6(0・8)、左0・5(0・7)であったことを考慮すると、平成8年4月8日に原告が両眼で見て矯正視力0・7の基準をクリアし、運転免許を更新することができた事実は、何ら不合理ではなく、右認定の妨げとはならない。

4 原告の後遺障害の程度及び存続期間
(一) 原告の後遺障害の程度

 被告は、原告の後遺障害は、外傷性神経症による機能的低下であるから、「神経系統の機能又は精神」の系列で認定すべきであるとして、後遺障害別等級表14級10号に該当する旨主張する。

 しかしながら、前記3で判示したとおり、原告は、実際に視力障害に苦しんでおり、各症状に対応した日常生活及び就労上の支障が現実に生じていることが認められるから、原告の後遺障害の程度は、眼後遺障害の系列で認定するのが相当であり、原告の視力障害のうち、矯正視力の低下は、「両眼の視力が0・6以下になったもの」として後遺障害別等級表9級1号に該当し、前庭眼反射不全については、後遺障害別等級表には直接対応するものがないが、労働に著しく支障を来していることから、同表12級を準用するのが相当である。なお、調節緊張症については、調節機能としては正常範囲内であり、後遺障害別等級表の等級に該当しない。

 したがって、原告の後遺障害は同表併合8級に該当すると認めるのが相当であるが、原告の視力障害の原因が前記認定のとおり心因性要因によるものであり、外傷を受けた場合に必ずしもすべての人が心因性視力障害を発症するわけではなく素因を有する人に発症するものであると一般に考えられていること(柏井聡証人)を考慮すると、原告の視力障害によって発生した損害のすべてを被告に負担させることは、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らして相当ではないので、民法722条2項所定の過失相殺の法理を類推適用し、右素因の影響を斟酌して、本件事故による労働能力喪失率を、併合8級に相当する45%から50%を減額して、22・5%とするのが相当である。

(二) 原告の後遺障害の存続期間(労働能力喪失期間)
 原告が訴える矯正視力の低下・前庭眼反射不全を示唆する症状が心因性要素による機能的障害であるとすると、心因性要因が除かれると治る可能性が高いということになり、何かのきっかけで心の眼が開くと視力が回復する可能性がある。
 したがって、就労可能年齢の67歳に至るまでの20年間にわたり、労働能力を喪失したものと認めるのは相当ではなく、他方、原告は、症状固定後の平成11年4月28日時点においても、依然として右症状が継続しており、一般に機能的障害の予後は必ずしも良好ではないこと(柏井聡証人)を併せ考慮すると、症状固定後10年間の限度で労働能力の喪失を認めるのが相当である