小松法律事務所

追突事故による頚髄損傷を否認し身体表現性精神障害2級1号認定判例紹介


○追突事故によって頚髄損傷を発症し5級相当の後遺障害を残したと主張し、保険会社側は頚髄損傷発症を激しく争っている事案を扱い、関連判例を探しています。
追突された56歳女子の頸髄損傷を否認し身体表現性の精神障害として2級1号認定するも心因性が著しいと9割素因減額した珍しい判断をした平成23年6月10日名古屋地裁豊橋支部判決(自保ジャーナル・第1857号)を紹介します。

○判決は、信号待ち停車の原告乗用車に一旦停止後の被告乗用車が追突、バンパーにネジ跡を残す程度の車両損害で頸髄損傷の診断を受け238日通院して、両下肢麻痺等残すとする56歳女子につき、「頸髄損傷の傷害を負ったとは認め難い」が、「身体表現性の精神障害は…本件事故によって生じた」とし、「2級1号…を残し、随時介護を要する」が、「3ヶ月間に10ヶ所以上の病院…同じ日に2、3か所受診」等、「心因的素因が著しく寄与…割合は9割と認める」としました。

○事案の概要は、56歳女子主婦の原告は、平成18年6月8日午後3時頃、愛知県豊橋市内で訴外人運転の自動車に同乗停車中、被告運転、被告会社所有の自動車に追突され、頸髄損傷を負ったとし、238日通院で2級1号両下肢麻痺等を残したとして、既払金195万円を控除して1億0,673万0,669円を求めて訴えを提起しました。

○判決は、原告の頸髄損傷の受傷を否認したが、2級1号後遺障害を認め、心因的素因が著しいと9割減額を適用しました。原告車後部バンパーに、被告車の「ネジ跡2個が少し凹損」状態の追突で、238日通院のうち、3、4ヶ月以降、経時的に症状悪化も「本件麻痺は、本件事故により生じたものと認めることができる」と認定し、「原告の脊髄髄内に輝度変化は見られず、原告は、症状固定時においても、その肘や膝を叩いても異常に大きな動きをせず、原告の症状はむしろ経時的に重くなっている上、レントゲン撮影の結果、頸髄損傷の原因となるような明らかな骨傷は認められていない」ところ、「原告の身体表現性の精神障害は、主として本件事故により生じたものであると認めることができ、この認定を左右する証拠はない」として、原告の後遺障害は「本件麻痺の状態によれば、原告の症状は、後遺障害別等級表別表第一の2級1号にいう「神経系統の機能」「に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」に当たると認められ、労働能力喪失率は、100%であると認められる」と認定しました。

○その上で、「本件麻痺は、本件事故のみによって生じたものとは到底認めることができない。そして、前記認定の本件事故の態様、程度、原告が本件事故後、約3ヶ月間にのべ10か所以上の病院等を受診し、同じ日に2、3か所の病院を受診することもあったこと、通院中に原告が訴えた症状、G医院では、原告の症状がなぜ増悪したのかは不明であるとされたこと、E病院整形外科の医師は、原告の症状には複合的な要素がある旨回答したこと、原告の素因が本件麻痺の発生に寄与した旨を指摘する己川医師の証言、鑑定人質問の結果及び鑑定の結果を総合すると、本件麻痺は、原告の心因的素因が著しく寄与して生じたものと認める」と認定し、56歳女子主婦の休業損害につき、受傷後の48日は70%、症状固定までの190日間は100%で休業損害を算定、余命分の「付添看護に要する費用は日額7000円と認める」としました。

○最大の争点である原告の障害の存在及びその原因が心因性かどうかについての判決全文を紹介します。

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第三 当裁判所の判断
1 証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。

         (中略)


4 争点(3)について
(1) 前記認定のとおりの本件事故の態様、程度、本件事故当時、原告車を運転していた一郎の後遺症が後遺障害別等級表第二表14級に相当するものにとどまったことからすると、本件麻痺は、本件事故のみによって生じたものとは到底認めることができない。そして、前記認定の本件事故の態様、程度、原告が本件事故後、約3ヶ月間にのべ10か所以上の病院等を受診し、同じ日に2、3か所の病院を受診することもあったこと、通院中に原告が訴えた症状、G医院では、原告の症状がなぜ増悪したのかは不明であるとされたこと、E病院整形外科の医師は、原告の症状には複合的な要素がある旨回答したこと、原告の素因が本件麻痺の発生に寄与した旨を指摘する己川医師の証言、鑑定人質問の結果及び鑑定の結果を総合すると、本件麻痺は、原告の心因的素因が著しく寄与して生じたものと認めるのが相当であり、前記認定の本件事故の態様、程度、本件麻痺の状況に照らすと、原告の心因的素因が本件麻痺による原告の損害に寄与した割合は9割と認めるのが相当である。

(2) これに対し、原告は、本件麻痺は、専ら本件事故により原告の頸髄が損傷したことにより生じたものであって、原告の心因的素因は寄与していない旨主張し、これに沿う己川医師の診断及び意見書等(以下、これらをまとめて「己川意見」という。)がある。

 しかしながら、証拠(略)によれば、一般に、頸髄損傷が生じた場合、①受傷直後に損傷部以下(上肢及び下肢等)の運動障害、感覚障害、自律神経障害が生じ、②受傷後早期の段階で、明らかな上肢の巧緻運動障害、下肢の筋力低下による歩行障害、感覚障害、反射異常などの神経症候が見られ、③特に、上肢及び下肢の機能が全廃となるような重度の脊髄損傷の場合には、MRI画像において、脊髄髄内の輝度変化が必ず見られ、④手や足の異常な動きを押さえることができなくなるため、肘や膝を叩くと異常に大きな動きをするはずであり、⑤神経の損傷は受傷後回復していくため、症状は受傷直後が最も重く、その後、経時的に軽くなっていくと認められるところ、(ア)前記争いのない事実等記載のとおり、本件事故の4日後である6月12日に受けた検査の結果、原告の握力に異常はなく、(イ)前記認定のとおり、早くとも本件事故後2ヶ月以上が経過した8月下旬ころまでの間は、原告には明らかな上肢の巧緻運動障害、下肢の筋力低下による歩行障害、感覚障害、反射異常などの神経症侯は見られず、(ウ)前記争いのない事実等記載のとおり、本件麻痺は、原告の上肢及び下肢の機能が全廃とみられるような症状であるにもかかわらず、前記認定のとおり、8月25日、平成19年5月23日及び平成20年1月30日にそれぞれ撮像されたMRI画像において、いずれも原告の脊髄髄内に輝度変化は見られず、(エ)源告は、症状固定時においても、その肘や膝を叩いても異常に大きな動きをせず、(オ)前記認定のとおり、原告の症状はむしろ経時的に重くなっている上、レントゲン撮影の結果、頸髄損傷の原因となるような明らかな骨傷は認められていないというのであり、以上の事実に照らすと、原告が本件事故により頸髄損傷の傷害を負ったとは認め難い。

 原告は、上記③につき、頸髄損傷があった場合でも、MRI画像において、脊髄髄内の輝度変化が見られない例がある旨主張し、己川医師の意見書や文献等にはこれに沿う記載があるが、その文献等は、経時的に悪化し、重度の麻痺に至ったという原告の症状や、本件事故とMRI画像撮像の各時期との関係でどの程度参考にし得べきものであるのか明らかでなく、上記意見書は、本件における証拠に顕れた中では、的確な裏付けを有するものでないといわざるを得ない。したがって、上記意見書はにわかには採用し難く、原告の上記主張は採用できない。

(3) ところで、己川意見は、原告を診察して、その症状から考えられる傷病名を検討し、本件麻痺に身体表現性の精神障害という原告の心因的素因が寄与している可能性を排斥して、そうだとすると、本件麻痺は原告が本件事故により頸髄損傷等の傷害を負ったことによると考えるほかない又はそう考えるのが最も適切であるとするものである。

 しかし、己川意見は、原告の心因的素因が本件麻痺に寄与している可能性について、「保障あるいは心理的な理由のみでこれだけ明らかな症状が現れるとは考えられません。」、「精神的なものだけが原因でこれだけの症状が出ると言うには、あまりにも症状が強過ぎます。」、「膀胱直腸障害があり、排泄におむつが必要な現状は身体表現性精神障害では説明できない」とするのみで簡単に排斥しているが、これらの点で己川意見を裏付けるような客観的な資料は見当たらない。このように、己川意見は、その考察過程において、原告の心因的素因が本件麻痺に寄与した可能性を排斥するに当たり、論拠を十分には備えていない。

 のみならず、己川意見は、原告に生じた頸髄損傷は、前記(2)の(ア)~(オ)の事情に照らし、非典型的な非骨傷性のもの又は「外傷が契機となった脊髄性の神経障害」であるとし、そのような非典型的な頸髄損傷が生じた経過として、本件「事故による衝撃によって頸椎に負荷がかかった際に脊髄神経が狭窄した脊柱管に挟まれて非骨傷性の頸髄損傷を引き起こし」た旨推察しつつも、そのような経過を辿ったことを裏付ける画像所見等(特に、脊髄神経が狭窄した脊柱管に挟まれている点についてのもの。)を指摘できていない。さらに、己川意見は、非典型的な非骨傷性の頸髄損傷であれば、なぜ頸髄が損傷され、本件麻痺のような重度の麻痺が生じる場合であっても上記(ア)~(オ)のようなことになるのかという点について、十分に説明できているとはいい難い。

 以上の点に加え、前記認定の事実によれば、本件事故後、原告を診察した少なくとも10名の整形外科医のうち、頸髄損傷やその疑いを認めたのは己川医師のみであること、鑑定人質問及び鑑定の結果並びに被告ら提出の意見書の記載に照らすと、己川意見はにわかには採用し難いものといわざるを得ない。

(4) なお、原告は、己川医師の意見書に基づき、針筋電図検査の結果、筋肉の最大収縮時の針筋電図上、原告の両側大腿四頭筋については振幅が小さく、原告の両側腓腹筋については全く反応がないことからすると、原告に神経原性障害が生じていることは明らかであり、このことからしても原告の頸髄が損傷したことが認められるなどと主張する。

 そこで検討するに、確かに、証拠(略)によれば、針筋電図検査の結果、筋肉の最大収縮時の針筋電図上、原告の左側大腿四頭筋については振幅が小さく、原告の右側腓腹筋については全く反応がないことが認められる。

 しかしながら、そもそも、一般に、針筋電図検査において、筋肉を最大限収縮させているか否かは被検者本人にしか把握し難い事柄であるといえるから、筋肉の最大収縮時の針筋電図のみに基づく主張は自ずから根拠が若干不確かなものとならざるを得ない。他方、証拠(略)によれば、針筋電図検査において、正常な場合は、針電極を刺入すると電位変化が生じ、その後、 安静にすると電位変化は消失するが、異常がある場合には、安静にしても電位変化が生じ、筋肉の最大収縮時においては高頻度の発射や繊維自発放電が現れると認められるところ、証拠(略)によれば、原告の右側腓腹筋及び両側大腿四頭筋については、針電極を刺入した際、電位変化が生じ、その後、安静時には電位変化はほぼ消失し、また、原告の右側大腿四頭筋については、筋肉の最大収縮時においても高頻度の発射や繊維自発放電が現れなかったと認められ、鑑定人も、原告に対して実施された針筋電図を見て、その針筋電図によれば原告の神経に異常はない旨明快に述べている。これらの点に照らすと、原告に、下肢の神経よりも上位にある頸髄に損傷が生じていたとは認め難いというほかない。

 なお、原告は、原告に生じているような完全な麻痺が心因反応で生じることは考えられないなどとも主張するが、その主張を裏付ける証拠はない。

5 以上によれば、被告乙山は民法709条に基づき、被告会社は同法715条1項に基づき、原告に対し、連帯して、871万8516円(原告が本件事故により被った損害の額9868万5165円から原告の心因的素因により9割減額し(986万8516円)、そこから既払金195万円(当事者間に争いがない。)を控除し、本件事故と相当因果関係があると認められる弁護士費用80万円を加えたもの。)及びこれに対する不法行為の日(本件事故発生の日)より後である平成19年2月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の賠償責任を負うというべきである(被告会社の自動車損害賠償保障法3条に基づく責任が上記の額を超えるとは認められない。)。

 よって、本訴請求は、原告が、被告らに対し、連帯して、871万8516円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文、65条1項本文、61条を、仮執行宣言につき同法259条1項を各適用して、主文のとおり判決する。
(平成23年4月22日 口頭弁論終結)名古屋地方裁判所豊橋支部 裁判官 山口敦士