小松法律事務所

死亡による人身傷害保険金請求権は死亡者に帰属するとした地裁判決紹介


○原告らの配偶者又は父であった亡Aが、損害保険会社である被告と締結した新総合自動車保険契約の人身傷害補償条項に基づき、原告らが、被告に対し、亡Aの死亡による損害に係る保険金合計5457万7709円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

○これに対し、亡Aが故意又は重過失によって死亡に係る損害を生じさせたものとは認められず、本件事故による亡Aの死亡により、本件契約に基づき、保険金の請求権が発生したことが認められるが、同請求権は被保険者である亡Aに帰属したものであり、原告らによる亡Aの相続放棄が錯誤等の理由で効力が生じないものとは認められないから、本件請求は理由がないものといわざるをえないとして、原告らの請求を棄却した平成31年4月12日福岡地裁判決(判タ1482号73頁)関連部分を紹介します。

○人身傷害保険の約款においては,被保険者が死亡した場合,被保険者の法定相続人が保険金請求権者とされています。本件約款においても,(注)として「被保険者が死亡した場合は,その法定相続人とします。」と記載されていました。本件は,この場合に,法定相続人は,保険金請求権を自己固有の権利として取得するのか,被保険者が取得した保険金請求権を被保険者の法定相続人として承継取得するのか,が争われたもので,人身傷害保険の死亡保険金部分の法的性質をいかに解するかにも関わる問題です。

○論点は多岐に渡りますが、人身傷害保険の死亡保険金部分の法的性質に関する部分のみ紹介します。この判決は、福岡高裁で一部が覆されており、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請

1 被告は、原告X1に対し、2728万8855円及びこれに対する平成28年2月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、1364万4427円及びこれに対する平成28年2月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X3に対し、1364万4427円及びこれに対する平成28年2月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告らの配偶者又は父であった亡A(平成28年1月2日死亡。以下、「亡A」という。)が、損害保険会社である被告との間で、平成26年12月12日に締結した新総合自動車保険契約(以下「本件契約」という。)の人身傷害補償条項(以下「本件人身傷害補償条項」ともいう。)に基づき、原告らが、被告に対し、亡Aの死亡による損害に係る保険金合計5457万7709円及びこれに対する約定の履行期の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 争いのない事実等

         (中略)

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、亡Aが故意又は重過失によって死亡に係る損害を生じさせたものとは認められず(争点1、2)、本件事故による亡Aの死亡により、本件契約に基づき、4652万7465円(争点3)の本件請求権が発生したが、同請求権の請求権者は亡Aであり(争点4)、原告らによる本件相続放棄が錯誤等の理由で効力が生じないものとは認められないから(争点5)、亡Aの相続を放棄した原告らによる被告に対する本件請求には理由がないものと判断した
 その理由は次のとおりである。

1 認定事実
 括弧内掲記の証拠及び前記争いのない事実等によれば、次の事実を認めることができる。

         (中略)

6 争点4(本件請求権が帰属する主体)について
(1)本件約款の定め(甲2)

ア 本件約款によれば、本件人身傷害補償条項は、被保険者が被保険自動車の運行に起因する急激かつ外来の事故によって、身体に傷害を被ることによって被保険者等が被る損害に対し、保険金を支払うこと(同条項2条)を内容とするものであり、保険者である被告が支払うべき保険金の額は、原則として、約款所定の「損害額」及び損害の一部とみなされる費用の合計額と規定され(同条項7条から9条)、被保険者が死亡した場合の「損害額」は、別紙「人身傷害補償条項損害額算定基準」第3により、葬儀費、逸失利益、精神的損害及びその他の損害(「事故とその損害の発生が社会通念上相当であると認められる関係の範囲内で、必要かつ妥当な実費」)と定められている。

イ そして、「保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償金の額」や、「労働者災害補償制度によって給付が受けられる場合において、その給付された額」等がある場合には、保険者である被告が支払うべき保険金の額は、前記アの額からこれらの額を控除した額とされ(同条項9条2項)、保険金請求権者が他人に損害賠償の請求をすることができる場合は、保険者である被告は、保険金請求権者に代位する旨が定められている(同条項14条)。

ウ 保険者である被告が、保険金を支払うべき「保険金請求権者」は、次のとおり定義されている(同条項1条(本件定義規定))。
 「第2条(保険金を支払う場合)(1)に定める人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者をいいます。
〔1〕被保険者(注)
〔2〕被保険者の父母、配偶者または子
(注)被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。」

(2)検討
 以上を踏まえ、本件訴訟において請求されている、本件人身傷害補償条項に基づき、被保険者が死亡した場合に生ずる、葬儀費用、逸失利益及び精神的損害を保険金額算定の根拠とする保険金請求権(以下「本件死亡保険金請求権」という。)の帰属主体について検討する。

ア 本件契約の人身傷害補償条項は、被保険者に生じた損害をてん補することを目的とするものであり(前記(1)ア)、その保険金額は、本件契約上、上限が定められるのみであって一定額とされておらず、生じた損害の額に即して定まるものとされているから(前記(1)ア、イ)、前記契約の目的を達するため、同条項に係る保険金請求権は、てん補すべき損害が生じた主体に帰属するものと解するのが自然である。

 ある者が死亡したことによって生ずる逸失利益や精神的苦痛等の損害については、死亡によって法人格を失う被害者に帰属し得るかが問題となるが、当該損害の発生について責任を負う加害者が存在する場合、一般に、死亡した被害者は、加害者に対し、死亡によって生ずる当該損害に係る損害賠償請求権(民法709条等)を取得するものと解されていることに照らすと、法律上、死亡によって生ずる当該損害についても、被害者の相続人に帰属するのではなく、被害者本人に生ずるものと観念されているといえる。

イ このような死亡によって生ずる逸失利益や精神的苦痛等の損害の帰属に関する一般的理解に照らすと、本件約款中の「保険金請求権者」に関する本件定義規定の〔1〕の定めは、被保険者に死亡、後遺障害又は傷害のいずれの結果が生じたかを問わず、被保険者が、これによって同人に生じた損害に係る保険金請求権を取得する旨を定めたものと解するのが相当である

 そして、本件定義規定の〔1〕に付された「(注)被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。」との記載は、被保険者が死亡した場合は、これが相続によって承継される旨を、一般の顧客に対して説明する趣旨で、付加的、注意的に述べたものと解される。

ウ 改正後保険法2条において、前記(1)アの規定によって生ずる本件死亡保険金請求権は、「損害保険契約のうち、保険者が人の傷害疾病によって生ずることのある損害(当該傷害疾病が生じた者が受けるものに限る。)をてん補することを約するもの」である傷害疾病損害保険契約(同法2条7号)に基づくものと分類され、同法は、「被保険者の死亡によって生ずる損害をてん補する傷害疾病損害保険契約」の存在も前提として、同契約に対する損害保険の規定の適用に係る読替え規定を置いているところ、同法上、損害保険契約において、被保険者以外の者が保険金請求権者となることは想定されていないことに照らしても、本件定義規定は、前記イのとおり解すべきものといえる。

(3)原告らの主張に対する検討
ア 保険契約者及び保険者の合理的意思について

(ア)これに対し、原告らは、保険契約者とすれば、被保険者が死亡した場合、死亡保険金は残された家族に取得させたいと考えるのが自然であり、これを債権者に取得させようとして保険料を支払うとは考え難いから、本件死亡保険金請求権は、本件定義規定〔1〕の(注)に基づき、被保険者の法定相続人に直接帰属するものと解すべき旨を主張する。

(イ)しかし、本件人身傷害補償条項には、生命保険契約のような保険金受取人に関する定め(保険法40条1項4号参照)はないから、前記(ア)のように本件死亡保険金請求権が被保険者以外の者に直接帰属すると解したとき、本件死亡保険金請求権を取得する法定相続人と被保険者が本件死亡保険金請求権を取得させたいと考える者が一致することが、契約上、担保されていない。

例えば、保険契約者が、自らを被保険者とする本件人身傷害補償条項に係る保険契約を締結した後、法定相続人以外の者や法定相続人のうち一人に対し、自らの死亡後の生活保障の趣旨で、本件死亡保険金請求権を含め、一切の財産を取得させたいと考えたとしても、前記(ア)のとおり、本件死亡保険金請求権が、被保険者の法定相続人に、法定相続分に応じて直接帰属するものとすれば、被保険者は、このような法律関係を形成することができないこととなるが、一般的な保険契約者が、このような状態が生ずることを念頭において、本件契約を締結する合理的意思を有していたといえるかには疑問がある。

(ウ)また、前記(ア)のとおり解するとすれば、死亡に係る結果の発生に民事上の責任を負う加害者がいた場合であって,被保険者の第一順位の法定相続人が相続放棄をしたとき又は法定相続人以外の者が被保険者から包括遺贈を受けていたとき、被保険者の第一順位の法定相続人は、本件人身傷害補償条項に基づき、被保険者の死亡に係る損害をてん補すべき額の保険金の支払を受けることができ、被保険者を相続した後順位の法定相続人や包括遺贈を受けた者は、被保険者の加害者に対する死亡に係る損害に関する損害賠償請求権を相続等によって取得してその賠償を受けることができることとなり、他方、保険者である被告は、保険金を支払った前記法定相続人が加害者に対する損害賠償請求権を有しない以上、加害者に対して代位することができない結果となるが、被保険者に生じた損害のてん補を目的とする本件人身傷害補償条項の趣旨、目的や、請求権代位に関する規定がもうけられている等の本件約款の定めに照らして、保険者である被告が、被保険者に生じた一の損害について、自ら及び加害者によって二重にてん補されることと同様の経済的効果が生ずる事態を想定して、これに係る保険契約を締結したとは考え難い。

(エ)すると、契約当事者の合理的意思解釈という見地から検討しても、前記(2)でみたとおり、本件人身傷害補償条項の趣旨、目的に照らせば、同条項に基づく保険金請求権は、保険金額算定の基礎となった損害が生ずる者に帰属するものと解するのが合理的であり、死亡に係る損害は、法律上、死亡した被害者自身に生ずるものと理解されているのであるから、本件死亡保険金請求権は被保険者が取得し、相続や遺贈の対象となるものと解するのが相当であって、原告らの前記(ア)の主張を採用することはできない。 

イ 本件約款の文言について
(ア)原告らは、本件定義規定〔1〕の(注)に「被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。」とあり、文言上、保険金請求権者は被保険者の法定相続人が直接指定されている旨を主張する。

(イ)確かに、本件死亡保険金請求権の保険金請求権者を被保険者と解した場合、前記(注)の記載は不要かつ不正確であり、本件約款の文言上は、本件死亡保険金請求権については、被保険者の法定相続人が、直接、保険金請求権者となるとの解釈も可能といえる。

 しかしながら、他方で、本件約款の文言に即して検討しても、保険金請求権者は、本件定義規定上、柱書において「人身傷害事故によって損害を被った(略)者」とされており、自ら損害を被る者に限定されていることに照らすと、例えば、人身傷害事故によって収入の減少に係る逸失利益の損害を直接被ることがない被保険者の相続人が、直接、保険金請求権者となると読むことには文言上無理がある。

 また、本件定義規定上、保険金請求権者として一次的に指定されているのはあくまで「被保険者」であり、「被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。」との記載は「(注)」であって、これは、付加的、注意的なものに止まると読むことが可能である。
 そして、本件約款中の本件人身傷害補償条項の定めには、生命保険契約のように保険金請求権を直接取得する者を被保険者が指定するための手続等に関する規定はなく、被保険者と保険金請求権者が分属することを想定とした規定は見当たらない。

(ウ)以上によれば、本件約款の文言を検討しても、前記(2)イのとおり解するのが相当であり、原告らの前記主張を採用することはできない。

(4)小括
 以上によれば、本件死亡保険金請求権である本件請求権は亡Aが取得したものと認められる。これは、亡Aの遺産に属するから、本件相続放棄の対象となることとなる。

7 争点5(原告らの亡Aの相続放棄の効力等)について
(1)錯誤無効について


         (中略)


 よって、原告らの前記主張は前提を欠き、採用することはできない。

8 小括
 以上によれば、亡Aが故意又は重過失によって死亡に係る損害を生じさせたものとは認められず(前記3、4)、本件事故による亡Aの死亡により、本件契約に基づき発生した本件請求権の額は4652万7465円であることが認められるが(前記5)、同請求権は被保険者である亡Aに帰属したものであり(前記6)、原告らによる本件相続放棄が錯誤等の理由で効力が生じないものとは認められないから(前記7)、その余の点(争点6)を検討するまでもなく、本件請求は理由がないものといわざるを得ない。

第4 結論
 以上によれば、原告らの請求には理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判官 岩崎雄亮

【別紙1】本件契約の約款の条項《略》
【別紙2】物件目録《略》
【別紙3】《略》
【別紙4】特別支給の老齢厚生年金《略》
【別紙5】《略》