小松法律事務所

人傷保険会社の自賠責保険金回収を加害者弁済とした地裁判決紹介


○「人身傷害保険金は先ず被害者過失割合部分充当とした最高裁判決紹介」で紹介した令和4年3月24日最高裁判決(裁判所ウェブサイト)の第一審令和元年8月7日福岡地裁判決(判時2468・2469号合併号113頁)関連部分を紹介します。

○事案は、信号機による交通整理が行われていない交差点内事故現場において、原告車両が直進中、原告から見て左方向の交差道路から進入してきた被告車両と側面衝突し、原告が自動車損害賠償保障法施行令別表第二併合第14級に該当する後遺障害の認定を受け、被告に対し、約248万円の損害賠償請求をしたものです。

○判決は、
・本件事故に関する過失割合は、原告30対被告70
・原告の全損害額341万1398円で、過失相殺後の損害額は0.7を乗じた238万7979円
・原告は、被告保険会社から23万8237円、人傷保険会社より83万5110円、自賠責保険より75万円の合計182万3347円の支払を受けた
・238万7979円から182万3347円を差し引いた56万4632円

を原告の損害と認定しました。

○原告は、人傷保険会社から治療費一括払14万6683円・その他保険金96万3498円合計111万0181円の人傷保険金を受け取っていますが、人傷保険会社は、うち83万5110円を自賠責保険から回収していました。被告は、人身傷害保険金のうち、原告過失分は人傷保険会社が負担すべきだが、自賠責保険から回収した83万5110円は、被告が原告に対して支払うべき金額から控除されるべきと主張し、原告は、人傷保険会社が自賠責保険から回収したか否かという人傷社の事情によって原告が不利益を受けるのは相当でなく、この83万5110円は損益相殺の対象にならないと主張しました。

○判決は、原告と人傷保険会社との間では、原告が受領する保険金には自賠責保険金が含まれるとの合意があったのであるから、原告は、人傷保険会社が自賠責保険から回収した場合には、その回収金額については損益相殺の対象になることを認識していたというべきとして、原告の主張を退け、83万5110円を損益相殺の対象にするとしました。

○この結論は、控訴審令和2年3月19日福岡高裁判決(判タ1478号52頁)でも維持され、上告審令和4年3月24日最高裁判決(裁判所ウェブサイト)で覆され、人身傷害保険について保険会社が被害者に対して自賠責保険分を含めて一括払することを合意した場合においても,人傷保険会社が自賠責保険から支払を受けた損害賠償額相当額を被害者の損害賠償請求権の額から控除することができないとされました。この最高裁判決は被害者にとって極めて重要な判決です。

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主   文
1 被告は、原告に対し、66万6506円及びうち56万4632円に対する平成30年3月13日から、うち5万6000円に対する平成29年4月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告に対し、248万1984円及びうち220万8058円に対する平成30年3月13日から、うち22万1000円に対する平成29年4月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、不法行為(交通事故)又は自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)3条に基づく損害賠償請求権として、248万1984円及びうち220万8058円(弁護士費用及び確定遅延損害金以外の損害賠償金)に対する不法行為の日の後の日である平成30年3月13日から、うち22万1000円(弁護士費用)に対する不法行為の日である平成29年4月25日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)

         (中略)

(4)人身傷害保険金と自賠責保険との関係(争点4)
(被告)
 人身傷害保険金のうち、原告過失分は人身傷害保険を支払った保険会社(以下、「人傷社」という。)が負担すべきであるが、人傷社が自賠責保険から支払った金員を回収している場合には、その金額は、被告が原告に対して支払うべき金額から控除されるべきである。
 本来、自賠責保険は、加害者側の保険であり、人傷社が自賠責保険金を回収していなければ、自賠責保険金は加害者負担部分に填補されるものである。そして、現在の人身傷害補償保険の実務においては、自賠責保険を一括払いするに当たり、人傷社は、人身傷害保険金の支払前に自賠責保険会社に対して、自賠責保険が有効に存続することを確認し、人傷社が保険金の一括支払を実施して自賠責保険金の回収手続を行う旨を、自賠責保険会社に対して予告し、かつ、被保険者(被害者)に対し、人傷社が支払う人身傷害保険金の中に自賠責保険金が含まれており、自賠責保険金を一括して支払うことについて、同意を得、自賠責保険を人傷社が直接請求することについて委任を受ける。したがって、人傷社は、被害者の代理人として自賠責保険金を受領するから、人傷社が、自賠責保険金を受領する効果は、被害者に及ぶ。
 人傷社が自賠責保険金を回収した金額については、加害者負担部分から控除した上で、被害者に人傷社と調整させる方が、人身傷害保険が被害者側の保険であることからして、簡便である。
(原告)
 人傷社が被告側の自賠責保険会社から回収した自賠責保険金は損益相殺の対象とならない。人傷社が自賠責保険から回収したか否かという人傷社の事情によって原告が不利益を受けるのは相当でない。
 被告には任意保険が付保されているため、人傷社が回収済みの自賠責保険については、自賠責保険によって調整される実務が確立しているから、本件においてあえて自賠責保険分を損益相殺する実益もない。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実


         (中略)

5 争点4(人身傷害保険金と自賠責保険との関係)について
(1)上記1(5)イのとおり、原告は、一括払を利用せずに原告自身で自賠責保険に直接請求することもできるという選択肢を示されながら、人傷社が自賠責保険を含めて保険金を一括して支払う扱いである、一括払を承諾し、原告は、一括払により保険金を受領した場合は、自賠責保険金の請求受領に関する一切の権限を人傷社に委任し、原告が人身傷害保険金を受領した場合は、支払保険金の額を限度として原告が有していた賠償義務者に対する損害賠償請求権及び自賠責保険金の請求受領権が、人傷社に移転することを確認したのであるから、原告と人傷社との間では、原告が人傷社から受領する保険金には自賠責保険金が含まれるとの合意があったものということができる。

そして、上記1(5)イのとおり、原告は、その後、人傷社に対し、人傷社から支払われる保険金111万0181円を限度として、本件事故による原告の被告に対する損害賠償請求権(自賠責保険への請求権を含む)は人傷社に移転することを承諾し、人傷社は、自賠責保険から83万5110円の支払を受けたのであるから、原告の被告に対する損害賠償請求権のうち83万5110円は人傷社に対して移転した上、人傷社はこれを行使したものということができる。そうすると、原告が人傷社から受領した保険金のうち83万5110円は、自賠責保険から受けたものであり、原告の被告に対する損害賠償請求権を行使して受領したものであるといえる。

 したがって、原告が人傷社から受領した保険金のうち、83万5110円については、原告がこれを受領した平成30年5月30日時点で被告に対する損害賠償請求権についての弁済があったといえるから、本件訴訟に係る原告の被告に対する請求額を算定するに当たって差し引かれるべきものである。

(2)原告の主張について
ア 原告は、人傷社が自賠責保険から回収したか否かという人傷社の事情によって原告が不利益を受けるのは相当でない、と主張する。
 しかし、上記(1)のとおり、原告と人傷社との間では、原告が人傷社から受領する保険金には自賠責保険金が含まれるとの合意があったのであるから、原告は、人傷社が自賠責保険から回収した場合には、その回収金額については損益相殺の対象になることを認識していたというべきであって、不当な不利益を受けるものとはいえない。
 原告の上記主張には、理由がない。


イ 原告は、被告には任意保険が付保されているため、人傷社が回収済みの自賠責保険については、自賠責保険によって調整される実務が確立しているから、本件においてあえて自賠責保険分を損益相殺する実益はない,と主張する。
 しかし、人傷社が回収した自賠責保険金相当額を、原告が人傷社から受領したときに被告から弁済されたものとした場合には、その額についてその時点以降の遅延損害金が発生しないのに対し、上記額について被告から未払いであるとした場合には、被告が別途弁済するまでなお遅延損害金が発生し続けることとなるから、本件において自賠責保険分を損益相殺する実益がないとはいえない。 
 原告の上記主張には、理由がない。

(3)なお、上記(1)のように解することによって、原告の過失に相当する原告の損害額に対する填補額が減少することとなる。これを人傷社がなお補填すべきか否かについては、原告の夫と人傷社との間の契約内容や原告と人傷社との合意内容によるべきものである。

6 小括
 以上より、原告が被告に対して請求し得る損害額は、次のとおりである。
〔1〕原告の損害合計額(上記4(1)~(8)の合計)
(計算式)38万9824円+6万0630円+103万円+300円+1万6200円+81万4444円+110万円=341万1398円

〔2〕過失相殺後の金額 238万7979円
(計算式)341万1398円×70%=約238万7979円

〔3〕損益相殺後の金額 56万4632円
(計算式)238万7979円-(23万8237円+83万5110円+75万円)=56万4632円

〔4〕弁護士費用 5万6000円

〔5〕確定遅延損害金 4万5874円
 人傷社からの自賠責保険金相当額83万5110円に対する本件事故日(平成29年4月25日)から支払日(平成30年5月30日)までの計401日間の確定遅延損害金
(計算式)83万5110円×5%×401日/365日=約4万5874円

〔6〕損害額合計 66万6506円(うち元本62万0632円)
(計算式)56万4632円+5万6000円=62万0632円
62万0632円+4万5874円=66万6506円

第4 結論
 よって、原告の請求は、被告に対し、66万6506円及びうち56万4632円(弁護士費用及び確定遅延損害金以外の損害賠償金)に対する平成30年3月13日から、うち5万6000円(弁護士費用)に対する平成29年4月25日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、仮執行免脱宣言は相当ではないからこれを付さず、主文のとおり判決する。(裁判官 永田早苗)

別紙 既払金の差引計算書