小松法律事務所

十中八九の救命可能性で致死との因果関係を認めた最高裁判決紹介


○「訴訟上の証明の性質について歴史的証明とした最高裁判決紹介」の続きで、刑事事件ですが、救急医療を要請しなかった不作為と被害者の死の結果との間、すなわち遺棄と致死との間の因果関係が争われた事件で、救急医療を要請すれば十中八九救命の可能性があったことを根拠に因果関係を認めた平成元年12月15日最高裁決定(判タ718号77頁、判時1337号149頁)全文を紹介します。

○事案は、暴力団構成員の被告人が、被害者(当時13才の女性)をホテルに連れ込んで、覚せい剤を注射したところ、同女が苦しみ出し、ホテルの窓から飛び下りようとするなど錯乱状態に陥ったのに、覚せい剤使用の事実の発覚をおそれ、同女をそのままに放置して、ホテルを立ち去り、その後ほどなくして、同女は、同室で覚せい剤による急性心不全により死亡したものです。

○一審昭和61年1月26日札幌地裁判決(高等裁判所刑事判例集42巻1号52頁)は、被害者が錯乱状態に陥った時点で救急車を呼んでいれば、十中八九救命できたという救急医療と法医学の各専門家の証言があるところ、現実の救命可能性が100パーセントであったとはいえないとして、遺棄行為と死の結果との間に因果関係を否定し、致死については無罪としました。

○控訴審平成元年1月26日札幌高裁(高刑集42巻1号1頁)は、救命することが十分可能であったのであり、専門家の証言が100パーセント確実であったとしないのは事実評価の科学的正確性を尊ぶ医学者の立場として当然であるが、専門家が100パーセントの救命の可能性を認めなかったからといって、そのことが直ちに刑法上の因果関係を否定すべきことには連ならないというべきであるとして、因果関係を肯定し、保護者遺棄致死罪の成立を認めました。

○被告人が上告し、最高裁決定は、被告人らによって注射された覚せい剤により被害者の女性が錯乱状態に陥った時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女の救命が合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる本件事案の下では、このような措置をとらなかった被告人の不作為と同女の死亡との間には因果関係があるとしました。

○期待された作為がなされていれば結果が生じなかったであろうといえる場合に、不作為と結果との因果関係(条件関係)が認められるというのが通説です。この点が合理的な疑いを超える程度に立証されなければならなず、期待された作為をしても、結果が発生したかもしれないという合理的な疑いが残れば、因果関係は否定されます。

○本決定は、本件の事案について、被害者が錯乱状態に陥った時点で被告人が救急医療を要請していれば、「同女が年若く(当時13年)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九同女の救命が可能であった」ことから、「同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから」と判示して、因果関係を肯定しました。

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主  文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中200日を本刑に算入する。

理  由
 被告人本人の上告趣意のうち、憲法38条違反をいう点は、原判決が被告人又は共犯者の自白のみによって被告人を有罪としたものでないことは判文に照らして明らかであるから、所論は前提を欠き、その余は、違憲をいうかのような点を含め、実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、弁護人吉川由己夫の上告趣意は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

なお、保護者遺棄致死の点につき職権により検討する。「原判決の認定によれば、被害者の女性が被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女が年若く(当時13年)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九同女の救命が可能であったというのである。

そうすると、同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから、被告人がこのような措置をとることなく漫然同女をホテル客室に放置した行為と午前2時15分ころから午前4時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には、刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。したがって、原判決がこれと同旨の判断に立ち、保護者遺棄致死罪の成立を認めたのは、正当である。
 よって、刑訴法414条、386条1項三号、181条1項但書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫)