小松法律事務所

全損害から人身傷害保険金相当額全額は控除できないとした最高裁判決紹介1


○被害者を被保険者とする人身傷害条項のある自動車保険契約を締結していた保険会社が、被害者の遺族に対し、前記条項の適用対象となる事故によって生じた損害について人身傷害保険金額に相当する額の金員を支払った場合において、前記遺族の加害者に対する損害賠償請求権の額から前記金員を全額控除することはできないとされた令和5年10月16日最高裁判決(判タ1519号177頁、判時2594号75頁)を2回に分けて紹介します。

○交通事故によって死亡したAの配偶者X1及びは子である上告人らが、加害車両の運転者である被上告人らに対し、民法709条、719条等に基づき、X1について2468万円、子3名は各971万円の損害賠償を求め、原審は、上告人X1は357万9854円、子3名は各105万0761円と各遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容すべきものとしていました。

○これに対しX1らが上告し、上告審は、人身傷害保険の保険会社(参加人)が上告人らに対して人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合において、上告人らの被上告人に対する損害賠償請求権の額から上記の支払額を全額控除することはできないとして、原判決を一部変更し、X1について1901万円、子3名について各613万円の支払を認めました。

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主   文
1 原判決中、上告人らに関する部分を次のとおり変更する。
 第1審判決中、上告人らに関する部分を次のとおり変更する。
(1)被上告人らは、上告人X1に対し、連帯して、1901万0006円及びうち172万円に対する平成28年5月2日から、うち1729万0006円に対する平成29年11月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被上告人らは、上告人X2に対し、連帯して、613万5430円及びうち55万円に対する平成28年5月2日から、うち558万5430円に対する平成29年11月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)被上告人らは、上告人X3に対し、連帯して、613万5430円及びうち55万円に対する平成28年5月2日から、うち558万5430円に対する平成29年11月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)被上告人らは、上告人X4に対し、連帯して、613万5430円及びうち55万円に対する平成28年5月2日から、うち558万5430円に対する平成29年11月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟の総費用はこれを3分し、その1を上告人らの、その余を被上告人らの負担とし、参加によって生じた費用はこれを3分し、その1を上告補助参加人の、その余を被上告人らの負担とする。

理   由
 上告代理人須賀正人の上告受理申立て理由について
1 本件は、交通事故によって死亡したAの配偶者又は子である上告人らが、加害車両の運転者である被上告人らに対し、民法709条、719条等に基づき、損害賠償を求める事案である。保険会社である上告補助参加人(以下「参加人」という。)は、人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約をAとの間で締結しており、上告人らに対して金員を支払ったところ、被上告人らは、上記金員の支払が自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)からの自動車損害賠償保障法16条1項に基づく損害賠償額の支払の立替払であるとして、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から上記金員に相当する額を全額控除すべきであると主張している。

他方、上記金員の支払が上記保険契約に基づく人身傷害保険金としての支払であるとすると、上記約款の条項によれば、上記金員の額と上告人らの被上告人らに対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が、過失相殺前の損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、参加人が上記損害賠償請求権を保険代位により取得し、上告人らの上記損害賠償請求権の額が減少するにとどまることになることから、上記金員について、上告人らの上記損害賠償請求権の額から控除することができる額が争われている。


2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)
ア Aは、平成28年5月2日、車道上に横臥していたところを被上告人Y1運転の普通乗用自動車によりれき過され、更にその約8分後、その場に横臥していたところを被上告人Y2運転の普通乗用自動車によりれき過されて、その後、死亡した(以下、これらの事故を「本件事故」という。)。

イ 上告人X1は、Aの配偶者であり、上告人X2、同X3及び同X4(以下、併せて「上告人子ら」という。)は、いずれもAの子である。

(2)本件事故によりAに生じた損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、合計8285万2813円であり、上告人X1が2分の1、上告人子らが各6分の1の各割合で、Aの被上告人らに対する損害賠償請求権を相続した。上告人らの固有の損害の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人X1につき、350万円であり、上告人子らにつき、各100万円である。本件事故におけるAの過失割合は3割であることから、上記割合により過失相殺をすると、上告人らが被上告人らに対して賠償請求することができる損害金の額(弁護士費用相当額を除く。)は、上告人X1については3144万8484円(円未満切捨て。以下同じ。)となり、上告人子らについては各1036万6161円となる。

(3)
ア Aは、本件事故当時、参加人との間で、人身傷害条項のある普通保険約款(以下「本件約款」という。)が適用される自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、上記条項に係る被保険者であった。

イ 本件約款中の人身傷害条項及び基本条項には、要旨、次のような定めがあった。
(ア)参加人は、被保険自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により、被保険者が身体に傷害を被ることによって被保険者又は配偶者若しくは子等に生じた損害に対して、人身傷害保険金を支払う。

(イ)参加人の支払う人身傷害保険金の額は、人身傷害保険金額を限度として、本件約款所定の算定基準に従い算定された損害額(その額が自賠責保険から支払われる金額を下回る場合には、自賠責保険によって支払われる金額となる。また、賠償義務者があり、かつ、判決又は裁判上の和解において、賠償義務者が負担すべき損害賠償額が上記算定基準と異なる基準により算出された場合であって、その基準が社会通念上妥当であると認められるときは、その基準により算出された額のうち、訴訟費用等を除いた額となる。)から、人身傷害保険金の請求権者に対して自賠責保険によって支払われた金員等の既払額を差し引いた額とする。

(ウ)上記(ア)の損害が生じたことにより人身傷害保険金の請求権者が損害賠償請求権その他の債権を取得し、その損害に対して参加人が支払った人身傷害保険金の額がその損害の額の全額に満たない場合には、上記債権の額から、人身傷害保険金が支払われていない損害の額を差し引いた額の限度で、上記債権は参加人に移転する(以下「本件代位条項」という。)。

ウ 参加人は、本件保険契約に基づき、本件事故によって生じた損害について、上告人らに対して人身傷害保険金を支払う義務を負うところ、本件保険契約における人身傷害保険金額は、3000万円であり、本件約款所定の算定基準に従い算定される損害の額は、上記人身傷害保険金額を超えるものであった。

(4)
ア 参加人は、平成28年9月6日、上告人らに対し、8640円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金1」という。)。また、参加人は、同年12月15日、上告人X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書1」という。)を受領し、同月28日、上告人らに対し、2999万1360円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金2」といい、本件支払金1と併せて「本件支払金1・2」という。)。本件仮協定書1には、〔1〕参加人により支払われる保険金の合計が3000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨、〔2〕今回支払われる保険金を受領することにより、本件事故を原因とする上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権が上記保険金の額を限度として参加人に移転することを承認する旨、〔3〕参加人が自賠責保険への精算を行った後に、精算額を限度として最終協定を行うことを認める旨の各記載があった。
 なお、本件支払金1・2についての上告人らの各受領額は、上告人X1が1500万円、上告人子らが各500万円である。

イ 参加人は、平成29年5月24日、本件事故について、被上告人Y1との間で自賠責保険の契約を締結していた保険会社から、損害賠償額の支払として3000万円を受領した。

ウ 参加人は、その後、上告人X1から、「保険金のお支払についての仮協定書」(以下「本件仮協定書2」という。)を受領し、平成29年11月17日、上告人らに対し、3000万円を支払った(以下、この支払金を「本件支払金3」といい、本件支払金1・2と併せて「本件各支払金」という。)。本件仮協定書2には、参加人により支払われる保険金の合計が6000万円であり、これは自賠責保険の保険金額を含む旨のほか、上記アの〔2〕及び〔3〕と同様の記載があった。
 なお、本件支払金3についての上告人らの各受領額は、上告人X1が1500万円、上告人子らが各500万円である。

エ 参加人は、平成30年1月11日、本件事故について、被上告人Y2との間で自賠責保険の契約を締結していた保険会社から、損害賠償額の支払として3000万円を受領した。

(5)参加人は、本件各支払金の全額について、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払であるとして内部処理をしている。上告人らと参加人は、本件仮協定書1及び本件仮協定書2に記載された最終協定を締結していない。

3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、上告人X1の民法709条、719条に基づく請求を357万9854円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容すべきものとし、上告人子らの上記各条に基づく各請求をそれぞれ105万0761円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容した。

 参加人は、上告人らに対し、自賠責保険からの損害賠償額の支払分を含めて参加人が一括して支払をすることとして本件各支払金を支払っており、その合計額(6000万円)は本件保険契約における人身傷害保険金額(3000万円)を超えるものであることに加え、参加人が自賠責保険から損害賠償額の支払として本件各支払金の合計額と同額の6000万円を受領したことや、参加人における内部処理の状況を考慮すれば、本件各支払金は、人身傷害保険金としてではなく、自賠責保険からの損害賠償額の支払の立替払として支払われたものと認められる。したがって、上告人らの被上告人らに対する損害賠償請求権の額から本件各支払金の全額を控除すべきである。