小松法律事務所

事故状況等から高次脳機能障害を否認した地裁判決紹介


○現在、後遺障害認定申請をすれば高次脳機能障害での後遺障害が認定されると思われる方から相談を受けています。高次脳機能障害での後遺障害で最も重い第3級後遺障害が残り、さらに後遺障害5級相当外傷性斜角筋症候群等の後遺障害により労働能力を全て失ったとして、近親者慰謝料等も含めて約1億8639万円の損害賠償を求めた事案があります。

○この請求について、本件事故に遭った時点での原告aの体勢や、本件事故の衝撃による原告aの体感及び検査の結果によれば、原告aは、本件事故の結果として、びまん性軸索損傷を負うまでには至っていなかったか、そうだとしても軽微なものにとどまっており、原告らが主張する原告aの諸症状は、既往を含め何らかの精神疾患に起因している可能性が十分に疑われ、原告aに見られた各種の認知障害について、これを本件事故に起因する外傷性脳損傷による高次脳機能障害であるとして、さらに治療又はリハビリテーションが必要な状態であったと認めるのは困難で、本件事故による後遺障害が残存しているとも認められないとして、原告らの請求をいずれも棄却した極めて厳しい令和7年3月18日広島地裁判決(lex/db)理由部分を紹介します。

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主   文
1 原告らの請求をいずれも棄却する
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は、原告aに対し、1億8639万7594円及びこれに対する平成29年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告bに対し、220万円及びこれに対する平成29年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 本件は、被告の運転する普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)に同乗していた原告aが、被告車両の自損事故(以下「本件事故」という。)により頭部外傷等の傷害を負い、高次脳機能障害等の後遺障害が生じたとして、原告aが、被告に対し、民法(ただし、平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)709条、710条に基づき、損害額合計1億8639万7594円及びこれに対する不法行為日である平成29年12月10日(本件事故日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告aの母親である原告bが、被告に対し、民法709条、710条に基づき、近親者慰謝料等合計220万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者等
 原告aは平成6年○月○○日生まれの女性であり、本件事故当時、医療法人社団d病院(以下「勤務先」という。)において、准看護師として勤務する傍ら、正看護師となるために看護専門学校に通っていたが、本件事故後の平成30年9月6日に看護専門学校を退学し、同年10月20日に勤務先を退職した(甲17、19の1)。
 原告bは、原告aの母である。
 被告は、本件事故当時、原告aと交際関係にあった者である。

(2)本件事故の発生(甲1~3、乙16~18)
発生日時 平成29年12月10日午後3時19分頃
発生場所 横浜市α区β無番地 横浜北線下りγ出口
事故態様 原告aは、被告の運転する被告車両の助手席に同乗していたところ、被告車両が、前記発生場所を、本線方面から一般道方面に向かって進行中、制限速度時速40kmのところを時速50kmで走行し、また、前方左右を注視せず左片手のみのハンドルで操作し、減速しなかったために被告車両はカーブを曲がりきれず右前方に斜走し、道路右側壁に衝突した(被告が、原告aに対し、不法行為による損害賠償責任を負うことにつき、当事者間に争いはない。)。

     (中略)

第4 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1)本件事故前の原告aの状況等
ア 原告aは、平成27年3月5日、看護専門学校の医療高等課程を卒業し、勤務先において准看護師として勤務していた。原告aは勤務の傍ら、同年4月9日、看護専門学校の医療専門課程に入学し、正看護師の資格を取るための勉強をしていた。(前提事実(1)、甲19の1・2)

イ 原告aは、勤務先での人間関係等の悩みから、平成28年11月から平成29年9月までにかけて、複数の神経内科やメンタルクリニックを相次いで受診した履歴があり、「うつ状態」とか「適応障害、うつ病」と診断されたことがあった(乙13〔8,9頁〕、14〔5頁〕)。

(2)本件事故時及び本件事故後の原告aの状況等
ア 原告aは、本件事故当時、被告車両の左側助手席に座り、シートベルトを装着した上、座席のリクライニングを半分程度倒した状態で眠っていたが、本件事故の衝撃で目を覚ますと同時に、身体が前に揺さぶられるようになってシートベルトに圧迫される状態に陥った(乙16〔1頁〕、18〔1頁〕)。

イ 原告aの意識レベルは、本件事故発生から30分余り経過した頃に現着した救急隊が接触した時点では、ジャパン・コーマ・スケール(以下「JCS」という。)「2桁」すなわち、JCS〈2〉(刺激をすれば覚醒する)程度であったが、救急車内への収容時にはJCS〈1〉-3(刺激しないでも覚醒している状態で、自分の名前、生年月日がいえない。)に持ち直した。
 そして、原告aは、本件事故発生から約1時間経過した頃にe病院に到着した時点では、その意識レベルにつき、グラスゴー・コーマ・スケール(以下「GCS」という。)E3V4M5(開眼:言葉による、言語性反応:錯乱状態、運動反応:払いのける)の合計12点と判断された。

 さらに、原告aの意識レベルは、(ア)すぐにGCSE4V5M6(開眼:自発的、言語性反応:見当識あり、運動反応:命令に従う)の合計15点(正常)に、(イ)翌11日にはJCS〈1〉-0(意識清明)に、いずれも改善した。(以上につき、甲55、乙5〔15、22、58頁〕)

ウ 一方、e病院で行われたCT検査によれば、頭部、頚椎及び体部のいずれにおいても外傷性変化を認めず、器質的な外傷性変化は明らかでない旨診断された(乙5〔79頁〕)。

エ 原告aは、e病院の医師から、「高エネルギー外傷、全身打撲」と診断され、平成29年12月15日にf病院に転入院した(甲9)。

オ 原告aについては、f病院に入院中、リハビリが行われた。
 その結果、独歩は可能になったが、ふらつき、めまい、深部覚低下、長・短期記憶障害を含む高次脳機能の低下がみられた。
 もっとも、f病院で行われた頭部MRI画像検査では、微小出血を含め、異常所見は認められなかった。
 結局、原告aは、「頭部外傷、頸部挫傷、左肩鎖関節脱臼、胸椎椎体骨折、左腸骨部挫傷、胸骨骨折、肋軟骨損傷疑い、びまん性軸索損傷」と診断され、平成30年1月10日にf病院を退院した。
(以上につき、甲10、乙7〔10頁〕)

カ 原告aは、f病院を退院した後、いったん帰広の上、自宅で病床空きを待って平成30年1月16日、gに入院した。
 gでも、入院後間もなく、頭部CT、頭部MRIの各画像検査が行われたが、いずれにおいても異常所見は認められなかった。
(以上につき、乙7〔700、701頁〕、弁論の全趣旨)

キ gでは、入院時に頭部外傷との診断を受け、入院中に、全身調整運動、筋力増強運動、歩行訓練、コミュニケーション訓練等が実施された。その結果、原告aに、手指の巧緻性の改善、会話場面の混乱の減少、記銘力の改善がみられたことなどから、看護専門学校の復学を目指して、平成30年5月29日にhに転入院となった。(甲11、乙7〔19、20頁〕)

ク hでは、原告aにつき、改めてCTやMRIの画像検査は実施されなかった。j医師は、原告aにつき、当初、びまん性軸索損傷があったとしても程度としては軽度であり、また、原告aの症状が外傷性脳損傷後の高次脳機能障害とは症状が異なり、高次脳機能障害があったとしても軽微であると予測され、今は精神症状でマスクされている可能性があるとの見立てをし、原告aをhから退院させた時点(平成30年8月2日)でも、高次脳機能障害と診断することは難しく、精神科での治療を続けていくことを原告らに勧めていた。

 それでも、j医師は、令和元年10月10日を症状固定日として、「びまん性軸索損傷、高次脳機能障害」と診断した上、言葉が出てこない、健忘、易疲労性、易怒性、頭痛の症状が残存している旨の後遺障害診断書(以下「本件後遺障害診断書」という。)を作成した。
 もっとも、j医師は、本件後遺障害診断書を作成した時点では、前記(1)イの受診歴を原告らから知らされていなかった。
(以上につき、甲12、14、乙8〔419、860、979頁〕、証人j医師に対する書面尋問の結果、弁論の全趣旨)

2 争点1(g、h及びiでの入通院の相当因果関係)について
(1)原告らは、前記第3の1原告らの主張欄のとおり主張する。同主張は、原告aが本件事故によって外傷性脳損傷(びまん性軸索損傷)を負い、その結果として高次脳機能障害がもたらされた旨を前提としている。そして、f病院入院中はもとより、g又はhでの入通院中にも、増悪や寛解の経過はともかく、記憶障害を始めとする高次脳機能の低下が指摘されていたことは、認定事実(2)オ、キ、クのとおりである。

(2)
ア しかし、本件事故に遭った時点での原告aの体勢や、本件事故の衝撃による原告aの体感(認定事実(2)ア)による限り、原告aの頭部が本件事故の際に被告車両のいずれかに強く打ち付けたかといえば、疑問なしとしない。実際に、救急搬送先であるe病院における全身のCT画像検査でも、外傷性変化が認められていない(認定事実(2)ウ)。そうすると、そもそも本件事故によって原告aの頭部に原告らが主張するほどの強い外力が加わったとまではいい難い。

イ その上、e病院及びf病院のみならず、高次脳機能障害に関するリハビリを主たる目的として転入院した先であるgにおいても、頭部CT及び頭部MRIの画像検査の結果、異常所見は見当たらなかったというのである(認定事実(2)カ、キ)。

 そうであれば、前記アの指摘も含めて考慮すると、原告aは、本件事故の結果として,びまん性軸索損傷を負うまでには至っていなかったか、そうだとしても軽微なものにとどまっていたものというほかはない。j医師による症状固定診断が後者の趣旨であることは明白であり(認定事実(2)ク)、びまん性軸索損傷である旨のf病院の医師による診断(認定事実(2)オ)も、せいぜい後者の趣旨の限度でその合理性を見出すことができる。

ウ さらに、原告aは、被告車両内で眠っていたところ、本件事故の衝撃で目を覚まし、シートベルトで圧迫されている状態を感得したというのであって(認定事実(2)ア)、原告aの意識レベルは、本件事故発生から約30分後の時点でJCS〈2〉に悪化したものの、その後間もなくJCS〈1〉-3に、本件事故発生から約1時間後にe病院に到着した時点ではGCS合計12点に、順次持ち直した上、さらに、e病院到着後すぐにGCS上は正常になり、本件事故の翌日にはJCS上も意識清明と判断されるに至ったというのである(認定事実(2)イ)。 

 これらの経過によれば、本件事故直後からこのかた、原告aに見られた意識障害については、その重症度の点においても、経過時間の長さの点においても、当該高次脳機能障害が頭部外傷を原因として発症したことを窺わせるほど重篤なものであったとまではいえない。

エ 加えて、原告aは、本件事故以前の時点で神経内科やメンタルクリニックを受診し、「うつ状態」、「うつ病、適応障害」と診断された既往があって(認定事実(1)イ)、j医師も、原告aに見られる諸々の認知障害は、精神症状でマスクされている可能性があるとの見立てをし、h退院時点(平成30年8月2日)では、高次脳機能障害との診断を躊躇し、精神科治療を続けていくことを原告らに勧めていたというのである(認定事実(2)ク)。
 そうであれば、原告らが主張する原告aの諸症状は、本件事故に起因する頭部外傷によってもたらされたとは限らず、既往を含め何らかの精神疾患に起因している可能性が十分に疑われるというべきである。

オ 前記アからエの検討によれば、原告aがf病院を退院した時点で見られた各種の認知障害について、これを本件事故に起因する外傷性脳損傷による高次脳機能障害であるとして、さらに治療又はリハビリテーションが必要な状態であったと認めるのは困難である。この点に関する原告らの主張は、その前提において失当であり、理由がない。

3 争点2(原告aに後遺障害が認められるか)について
(1)原告らは、前記第3の2原告らの主張欄のとおり主張する、そして、本件後遺障害診断書(甲14)及びk医師が作成した意見書(甲13。以下「k意見書」という。)には同主張に沿う記載がある。また、証人j医師に対する書面尋問の結果中にも、同主張に沿う部分がある。

(2)高次脳機能障害をいう点について
 前記2(2)アからエで検討したところによれば、令和元年10月10日(症状固定の診断があった日)の時点で原告aに残存すると診断された諸々の認知障害については、既往を含む何らかの精神疾患に起因する認知障害である可能性が十分に疑われるものというべく、これを本件事故に起因する外傷性脳損傷による高次脳機能障害であると認めることは困難である。

 j医師が、h退院時点では高次脳機能障害との診断を躊躇したものの、後刻、本件後遺障害診断書記載のとおり診断するに至った決め手となったのは、要するに、〔1〕本件事故による受傷時に意識障害が観察されたこと、〔2〕令和元年10月10日時点では、前記の退院時点に比べて原告aの精神状態が安定し、後遺障害としての高次脳機能障害の鑑別が可能になったこと、以上の2点にあるものといってよい(証人j医師に対する書面尋問の結果)。しかし、脳損傷を窺わせる画像所見が見当たらない場合であっても、受傷時に生じた意識障害の重症度やその経過時間の長さを吟味することなく、いわば意識障害がありさえすれば外傷性脳損傷による高次脳機能障害の診断が可能であるかのようにいう点(前記〔1〕)は、外傷性脳損傷による高次脳機能障害を鑑別する基準として一般化されているとまではいい難い。また、同〔2〕の点は、j医師において、少なくとも症状固定診断(令和元年10月10日)時点までに、原告aの本件事故前の神経内科やメンタルクリニックへの受診歴すら把握していなかったのに(認定事実(2)ク)、その精神状態が安定し、もって精神疾患による認知障害と外傷性脳損傷による高次脳機能障害との鑑別が可能であったといえる理由が定かではない。そうすると、本件後遺障害診断書及び証人j医師に対する書面尋問の結果中前記説示に反する部分は、前記2(2)アからエに照らして直ちに合理的な内容であるとはいえないというに帰する。
 また、k意見書は、その採用する鑑別手法につきj医師に対する書面尋問の結果に照らすと、前記認定を左右するものとはいえない。

(3)高次脳機能障害以外の後遺障害をいう点について
 e病院の担当医師は認定事実(2)エのとおり、f病院の担当医師はびまん性軸索損傷のほかに認定事実(2)オのとおり、種々の傷害を負った旨診断したけれども、そうかといって、原告aが、f病院退院後、症状固定日とされた令和元年10月10日までの間に、g及びhにおいて、前記の各種傷害に対する外科的治療又はこれらの傷害に起因する諸障害に対するリハビリテーション(以下、本項において「外科的治療等」という。)を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

 そうであれば、前記の各種傷害に対する外科的治療等は、少なくとも、f病院を退院した時点で終了したものといってよい。

 それなのに、f病院の担当医師において前記の各種傷害に起因する何らかの後遺障害が残存している旨の診断をした事実を認めるに足りる証拠も見当たらないから、同医師は、f病院における外科的治療等を終了するに当たり、原告aに前記のような後遺障害の残存を認めなかったものといわれても致し方ない。k意見書は、前記の各種傷害に対する外科的治療等を終了させたf病院の担当医師とは別の医師が、後日になって作成したものにすぎず、信用性に欠けるというべきである。

 なお、k意見書には、原告aが抑うつ状態にあるとの記載もあるが、前記2(2)エで説示したとおり、原告aは、本件事故前の時点でうつ状態、適応障害と診断された既往があるというのであるから、原告aの抑うつ状態が本件事故に起因することにつき合理的疑いが残るというべきである。

(4)以上に照らせば、原告aに、本件事故による後遺障害の残存は認められない。この点に関する原告らの主張は理由がない。

4 争点3(原告aの損害)について
 別紙損害項目一覧表中「当裁判所の判断(金額は円)」欄記載のとおり。

5 争点4(原告bの損害)について
 前記3で説示したとおり、原告aに、本件事故による後遺障害の残存は認められないから、原告bについて、いわゆる近親者慰謝料は認められない。

6 結論
 以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第3部 裁判長裁判官 吉岡茂之 裁判官 高見進太郎 裁判官 茂木明

(別紙)損害項目一覧表