小松法律事務所

左肩筋力低下等について後遺障害等級12級を認めた地裁判決紹介


○筋萎縮を他覚所見として、後遺障害等級第12級を認めた裁判例を探しています。自賠責非該当とする左肩関節障害につき、B医師の「筋電図検査の結果…他覚的所見など…から、これを後遺障害12級に該当する」と認定した。平成23年5月13日名古屋地裁判決(自保ジャーナル・第1852号)関連部分を紹介します。

○この事案は、左肩の筋力低下による筋萎縮とMRI画像での左肩関節唇裂傷を理由に自賠責10級10号該当を主張しましたが、自賠責保険調査事務所では左肩画像においては特段の異常所見は窺えず、可動域制限を裏付ける器質的損傷所見は明らかにされていないなどとして、自賠責保険における後遺障害と評価することはできないとしていました。

○この判決では左肩障害について後遺障害12級を認めていますが、その根拠としての他覚所見はB医師の行った筋電図検査の結果としており、筋萎縮だけではないようです。

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主  文
1 被告乙山次郎は、原告に対し、1695万3811円及びこれに対する平成16年6月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用のうち原告及び被告乙山次郎に生じた分はこれを2分し、その1を被告乙山次郎の負担とし、その余を原告の負担とし、その余の訴訟費用は原告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。ただし、被告乙山次郎が1200万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告らは、原告に対し、連帯して3500万円及びこれに対する平成16年6月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は、原告が被告らに対し、被告乙山次郎(以下「被告乙山」という。)の過失により発生した交通事故(以下「本件交通事故」という。)により原告が傷害を負い、その治療のために受診した被告Yクリニック(以下「被告クリニック」という。)において医師である被告丙川三郎(以下「被告丙川」という。)及び被告丙川春子(以下「被告春子」という。また、被告クリニック、被告丙川及び被告春子をまとめていう場合は「被告クリニックら」という。)の過失による共同不法行為によって左肩関節唇裂傷を発症ないし増悪させた(以下「本件医療過誤」という。)とし、これらは本件交通事故を起こした被告乙山と本件医療過誤を起こした被告丙川及び被告春子との共同不法行為に該当し、また、本件医療過誤については、被告丙川及び被告春子の使用者である被告クリニックに使用者責任が生じるとして、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求として、3500万円(発生した損害額4612万5218円の内金請求)及びこれに対する本件交通事故の日である平成16年6月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

         (中略)

(2) 原告の後遺障害
ア 原告の主張

         (中略)

(イ) 左肩
 左肩の痛み、左肩甲帯の筋力低下、左肩筋萎縮など局部に頑固な神経症状が残存しているほか、左肩関節の可動域は屈曲(他動)において健側が180度に対し患側135度、外転において健側が180度に対し患側が90度、他覚所見として左肩MRI画像上に左肩関節唇裂傷が認められ、自賠責10級10号の後遺障害に該当する。


         (中略)

第三 当裁判所の判断

         (中略)

オ 左肩関節の機能障害
 B整形外科の平成18年4月4日付けの診断書が提出され、「左肩関節周囲炎」との傷病名のもと可動域制限にかかる記載が認められるが、提出の左肩画像においては特段の異常所見は窺えず、上記可動域制限を裏付ける器質的損傷所見は明らかにされていないことからすれば、自賠責保険における後遺障害と評価することはできない。

カ 以上から、ア、イ、ウの障害を併合し、14級と判断する。

(12) B医師は、平成18年10月17日と平成20年12月17日の2回、原告の筋電図検査を施行した。MUP(運動単位電位)の平均持続時間の延長が所定の基準の20%以上で異常とされるが、原告は、三角筋で22%、上腕二頭筋で36%の延長があり、後者では比較的大きい異常であった。

 原告は、末梢神経の伝導速度は正常であったので、神経節により近位での障害が示唆された。三角筋の支配神経髄はC5-6、上腕二頭筋の支配神経髄もC5-6(主にC6)である。このことから、電気生理学的に、左C5、C6か前角細胞以下、sensory ganglionよりproximalでの障害と診断されるとB医師は判断した。2回目の検査では1回目には出ていなかった上腕三頭筋のMUPの異常が現れたが、B医師は、これはC5/6椎間板の膨隆による障害と考えられるとする。原告には左肩の筋萎縮が軽度に認められるが、これは運動神経二次ニューロンの障害によるものである。

左肩の繊維束攣縮(筋肉を支配する神経が障害を受けたときに筋肉が刺激を受けやすい状態になり、ハンマーでたたくと筋肉が収縮してぴくぴくするのが肉眼で見える)は平成18年9月16日には認めた(原因は前角細胞以下の障害)が、平成19年6月16日には認めなかった。B医師は、C5-6髄部障害は事故の外力によるもの、C7髄部障害はC5/6椎間板ヘルニアによるものであるといえるとする。

C4/5の変化が微小なものでC5/6が左側に脊髄を圧迫している所見があっても1回目の検査で三角筋と上腕二頭筋に異常所見があり、上腕三頭筋に異常所見がなかったのは椎間板レベルと一致しないので、事故による外力でC5-6が障害を受けたといってよいと思うというのがその理由である。

また、B医師は、下肢のしびれについて、足底のしびれが最も強かったが、末梢神経もH波も正常であることから症状の原因は腰椎より近位(胸髄、頸髄、脳)であるとする(B医師による回答書、診断書、検査結果等はBの書面尋問の結果)。

(13) C医師は、原告の上方関節唇損傷について、痛みが強ければ手術療法の適応があるとする。また、症状軽減の可能性はあるとする(Cの書面尋問の結果)。

(14) 原告は、平成21年11月24日、H病院リハビリテーション科を受診し、同科の癸山八郎医師により、傷病名外傷性頸髄損傷で四肢不全麻痺を呈していると診断された。平成22年4月付けの同医師の診断書には、リハビリテーションや徒手治療(関節運動学的アプローチ)で改善することはないとの記載もある。

(15) 被告丙川本人も原告がAKA療法を受けた後は楽になったのに、痛みが再発していたことから、原告が本件事故で受けた傷害は重かったのではないかと推測している。
 以上によれば、本件事故により、原告には、①頸部痛、左肩甲部痛、手先のしびれ、頭痛等の症状、②腰椎、足先のしびれ等の症状、③両耳鳴り、④左肩関節の機能障害の後遺障害が残ったものと認められる。

 このうち、①の頸部痛、左肩甲部痛、手先のしびれ、頭痛等の症状は、明らかな脊髄や神経根への圧迫等の異常所見は認められず、上記所見等と整合性を有する画像所見も認めることができないことなどから、残存する症状が他覚的に証明されているとはいえず、「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級14級10号に該当するものと認められる(損害保険料率算出機構自賠責損害調査事務所長の認定と同じ。

B医師による検査結果などから、指先のしびれは第4/5頸椎、第5/6頸椎の椎間板の膨隆によるものと考えられる。)。また、②の腰椎、足先のしびれ等の症状も同様に残存する症状が他覚的に証明されているとはいえず、「局部に神経症状を残すもの」として後遺障害等級14級10号に該当するものと認められる(損害保険料率算出機構自賠責損害調査事務所長の認定と同じ。B医師は、前記認定のとおり、末梢神経が正常であることなどから、足底のしびれは腰椎よりも近位である胸髄、頸髄あるいは脳に原因があると考えているが、その器質的な損傷についての他覚的所見が示されたわけではない。)。③両耳鳴りも後遺障害等級14級10号に該当すると認められる(損害保険料率算出機構自賠責損害調査事務所長の認定と同じ。)。

 ①の左肩関節の機能障害については、B整形外科の平成18年12月13日付けの自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、前記認定のとおり左肩の屈曲が135度(参考可動域角度である180度の4分の3)、外転が90度(参考可動域角度である180度の2分の1)との記載がある(これを前提にすると、主要運動の1つである外転が2分の1以下に制限されているから、「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として、後遺障害等級10級10号に該当することになる。)。

しかし、前記認定のとおり、辛田医師の同年11月20日付けのEクリニック宛の診療情報提供書には「左肩は状況にもよるが屈曲、外転ともに120度程度が限界であること」との記載があるように、可動域は状況により測定値に変化があり、外転においても、90度(参考可動域角度である180度の2分の1)を相当に超える120度(同2分の1を超え4分の3以下)程度の可動域が認められる場合があること、証拠(略)によれば、平成18年1月28日には左肩は自動でも屈曲も外転も120度であったと認められること(なお、平成17年12月3日は自動で外転が80度であるが、上記後遺障害診断書では自動で60度で他動で90度であるとからすれば、自動で80度であれば他動では90度をかなり超える可能性があると推測される。)からすれば、上記後遺障害診断書作成に際しての可動域の測定ではたまたま他動で外転が90度と参考可動域の2分の1ちょうどの数値になったものの、左肩の可動域制限は、屈曲も外転も4分の1以上2分の1未満であると認めるのが相当である。

そうすると、左肩の関節の可動域制限は、「1上肢の3大関節中の1関節に障害を残すもの」として後遺障害等級12級6号に該当するものと認めるのが相当である(B整形外科の診療録の平成18年1月28日の欄に「自賠14級おりたが動きが悪いので12級申請中」と記載があるのも、原告の左肩の可動域制限などからすれば、後遺障害等級12級が相当であると原告も考えていたことをうかがわせるものである。)。

 これについて、損害保険料率算出機構自賠責損害調査事務所長は、前記認定のとおり、左肩画像においては特段の異常所見は窺えず、可動域制限を裏付ける器質的損傷所見は明らかにされていないなどとして、自賠責保険における後遺障害と評価することはできないと判断した。しかし、前記認定のとおり、B医師の行った筋電図検査の結果、MUP(運動単位電位)の平均持続時間が三角筋で22%、上腕二頭筋で36%延長していることが認められ、このような他覚的所見などから、事故による外力でC5-6が障害を受けたことが推認できたのであるから、これを後遺障害12級に該当するものと認めることができるというべきである。