小松法律事務所

全盲視覚障害者逸失利益を賃金センサス7割とした地裁判決紹介


○交通事故により労働能力を喪失(100%)した全盲の視覚障害者(事故当時17歳、女性)の後遺障害逸失利益の算定に用いる基礎収入の額について、就労可能期間を通じ、賃金センサス(男女計、学歴計、全年齢)の平均賃金の7割とした令和2年9月15日山口地裁下関支部判決(労判1237号37頁)関連部分を紹介します。

○未熟児網膜症で全盲となっていた17歳女性が、交通事故で後遺障害等級が別表第二併合第1級に該当するとされ労働能力喪失率100%となり、後遺障害逸失利益の算定に用いる基礎収入の額について、被告側では全盲既往症を理由に賃金センサスの57%と主張しました。これに対し、判決は、平成28年賃金センサス第1巻第1表,男女計,学歴計,全年齢の平均賃金(489万8600円)の7割と認定しました。

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主   文
1 被告は,原告X1に対し,1億3929万3345円及びうち1億2611万3893円に対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,220万円及びこれに対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,220万円及びこれに対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,原告X1に生じた分はこれを10分し,その7を原告X1の,その余を被告のそれぞれ負担とし,原告X2及び原告X3に生じた分はこれを2分し,その1を被告の,その余を原告X2及び原告X3のそれぞれ負担とし,被告に生じた分はこれを20分し,その13を原告X1の,各その1を原告X2及び原告X3の,その余を被告の,それぞれ負担とする。
6 この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が原告X1のために1億1000万円,原告X2のために150万円,原告X3のために150万円の担保を供するときは,担保を提供した原告との関係で,その仮執行を免れることができる。

事実及び理由
第1 請

1 被告は,原告X1に対し,4億2242万0910円及びうち4億0924万1458円に対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,440万円及びこれに対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,440万円及びこれに対する平成20年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,横断歩道を歩行していた原告X1に,被告運転の普通乗用自動車が衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)について,原告X1が,被告に対し,民法709条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づく損害賠償金(なお,症状固定後の治療費につき,一部請求。)及びこれに対する不法行為の日(本件事故の日)である平成20年5月20日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告X1の父である原告X2及び母である原告X3が,被告に対し,民法709条,710条に基づく損害賠償金及びこれに対する不法行為の日(本件事故の日)である平成20年5月20日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めている事案である。

1 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠〔なお,特記のない限り,枝番号のあるものは全ての枝番号を含む。以下同じ。〕又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(以下,この項目の事実を引用する場合は,単に「前提事実(1)」等と表記する。)
(1) 当事者
 原告X1(平成3年○月○日生)は,父である原告X2(昭和31年○月○日生)と母である原告X3(昭和42年○月○日生)との間の子である。原告X1は,未熟児網膜症に罹患し,手術を重ねたが,全盲の視覚障害者となった(争いのない事実,甲22,49)。

(2) 本件事故の概要

         (中略)

(7) 後遺障害等級認定
 原告X1は,平成29年2月28日,自動車損害賠償責任保険の後遺障害認定手続において,本件事故後の後遺症につき,①認知困難,記憶困難,注意困難及び課題遂行困難等の症状につき,神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの(別表第二第3級3号),②右前頭骨骨折,鼻骨骨折に伴う右前額部の線状痕,鼻根部の線状痕及び頭部の手術痕につき,女子の外貌に著しい醜状を残すもの(別表第二第7級12号),③右鎖骨骨折後の鎖骨の変形障害につき,鎖骨に著しい変形を残すもの(別表第二第12級5号)及び④頭部外傷に伴う嗅覚障害につき,嗅覚脱失(別表第二備考6を適用し別表第二第12級相当)にそれぞれ該当するとし,これを併合した結果,後遺障害等級が別表第二併合第1級に該当すると判断された(争いのない事実,甲11)。

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告X1の損害額)について


         (中略)

(10) 後遺障害逸失利益 4043万7404円
 原告X1の後遺障害逸失利益の算定に当たって,労働能力喪失率(100%)及び労働能力喪失期間(42年間)については,いずれも当事者間に争いがない。
 原告X1の基礎収入額について検討する。
 不法行為により後遺症が残存した年少者の逸失利益については,将来の予測が困難であったとしても,あらゆる証拠資料に基づき,経験則とその良識を十分に活用して,損害の公平な分担という趣旨に反しない限度で,できる限り蓋然性のある額を算出するように努めるのが相当である。

 そこで検討するに,証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1と同様の視覚障害のある者の雇用実態に関する公的な調査結果が判然としないこと,厚生労働省による平成25年度障害者雇用実態調査において,平成25年10月の身体障害者(身体障害のある被調査者の内訳は,肢体不自由が43%,内部障害が28.8%,聴覚言語障害が13.4%)の平均賃金が22万3000円であったことが認められる。

これらの事実に加えて,本件全証拠によっても,上記調査以降に賃金格差や就労条件等が明らかに変わったと窺える事情も見当たらないことを踏まえると,現時点において,健常者と身体障害者と間の基礎収入については,差異があるといわざるを得ない。

 一方,証拠(甲42~46,65~68,72,73,乙8)によって認められる,我が国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応,障害者に関する関係法令の整備状況,企業における支援の実例等の事情を踏まえると,身体障害を有する年少者であっても,今後は,今まで以上に,潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することのできる社会の実現が図られていくと認められる。

また,証拠(甲32,35,47~53,56,57,原告X1,原告X3)によれば,原告X1は,本件事故時17歳であったこと,平成16年3月にa盲学校小学部を卒業したこと,同年4月にb盲学校中学部に入学し,平成18年4月にa盲学校中学部に転入するまで在籍していたこと,平成19年3月に同学校中学部を卒業し,同年4月に同学校高等部普通科に入学したこと,平成30年度のb盲学校中学部の卒業生全員が同学校上級部に進学し,高等部普通科や専攻科の生徒が大学や短大,就職をしている例もあること,原告X1がa盲学校高等部に在籍していたときに職業見学や大学見学に参加していたこと等の事情が認められる。

これらのことからすると,原告X1については,全盲の障害があったとしても,潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があったと推測される。他方,健常者と障害者との間に現在においても存在する就労格差や賃金格差に加えて,就労可能年数のいかなる時点で,潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することができるかは不明であるというほかなく,その実現には所要の期間の年数を要すると思われる。

 以上の事情を総合考慮すると,原告X1にはその就労可能期間を通じて,平成28年賃金センサス第1巻第1表,男女計,学歴計,全年齢の平均賃金(489万8600円)の7割である342万9020円の年収を得られたものと認めるのが相当である。

 そうすると,原告X1の後遺障害逸失利益は,以下のとおり,4043万7404円となる。

 342万9020円(基礎収入)×1(労働能力喪失率)×(18.2559〔本件事故時から原告X1の就労可能年齢67歳までの年数50年に対応する中間利息の控除に関するライプニッツ係数〕-6.4632(〔本件事故時から症状固定時までの年数8年に対応する中間利息の控除に関するライプニッツ係数〕)≒4043万7404円(小数点以下切捨て)