小松法律事務所

追突事故での咬合異常治療について因果関係を否認した地裁判決紹介


○交通事故で、たまにですが、歯に異常が生じたとしてその損害賠償の相談を受けることがあります。顔面打撲等で直接歯に衝撃が加わり異常が生じた場合は、因果関係が認められますが、歯に直接の衝撃はなく、歯を食いしばった等の理由で生じた場合は、殆ど因果関係は認められません。

○咬合異常が、追突された際に奥歯を強く食いしばったことにより歯に大きな外力が加わり生じたと主張して、デンタルクリニックでの治療について事故と因果関係があると主張した事案で、因果関係を否認した令和3年12月3日名古屋地裁判決(自保ジャーナル2117号85頁)関連部分を紹介します。

○原告は,本件事故以前から,cデンタルクリニックで咬み合わせの治療,検査を定期的に受けていたもので、原告の咬合異常が,本件事故の受傷に由来するものか否かを判定することは困難であるとの認定はやむを得ないと思われます。

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主   文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,53万3196円及びこれに対する平成25年8月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その19を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請

 被告らは,原告に対し,連帯して,1328万9829円及びこれに対する平成25年8月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
1 事案の骨子

 本件は,別紙交通事故日録記載の交通事故により,原告が人的損害を被ったと主張して,被告Bに対しては不法行為に基づく損害賠償請求として,被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づく損害賠償請求として,連帯して,1,328万9,829円及びこれに対する上記交通事故の日である平成25年8月16日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実

         (中略)

3 争点及び当事者の主張
(1)cデンタルクリニックにおける治療と本件事故との相当因果関係の有無
【原告の主張】

 以下のとおり,cデンタルクリニックにおける原告の治療(咬合調整治療)は,本件事故と相当因果関係を有する。
ア 本件事故前,原告の上顎5番の第2小臼歯及び上顎6番の第1大臼歯の咬合接触があり咬合が安定している状態であったが,本件事故後,同5番及び6番の咬合接触が弱くなり,一方で上顎7番の大臼歯に強い咬合接触が生じ咬合が不安定な状態(咬合異常)が生じた。これは,追突された際に奥歯を強く食いしばったことにより歯に大きな外力が加わり生じたものである。

イ 咬合異常は,体幹の不正,肩,腕,腰などの疼痛及び運動障害を惹起するところ,原告もまた,咬合重心が上顎5番及び6番から7番に変化し,急激に非生理的荷重負担が生じたため,それに伴い頸部痛等の頸椎症状が生じた。

ウ 原告は,cデンタルクリニックにおける咬合調整治療により,上記の頸椎症状(頸部及び肩の痛み)が緩和されており,一定の改善効果があった。

【被告らの主張】
 否認ないし争う。以下のとおり,本件事故とcデンタルクリニックにおける治療との間に相当因果関係は認められない。
ア 受傷機転が不明であること
 本件事故により,原告が頭部や顔面部を受傷した事実はない。また,本件事故は,被告車両がD車両に追突し,さらにD車両が原告車両に追突したという玉突き事故であり,原告にとっては予期せぬ後方からの事故であって,奥歯を食いしばることのできる状況であったのか疑問があり,また,仮に奥歯を食いしばったとしても,奥歯を食いしばることで一般的に歯科での治療を要する咬合異常が生じるとは考え難い(むしろ,原告は,本件事故以前から咬合治療を受けており,本件以前から顎に痛みが生じるほどの咬合異常が存在していたことが窺え,この点からも,本件事故により歯科治療を要するほどの咬合異常が生じたとは認め難い。)。

イ 咬合治療の効果について
 cデンタルクリニックにおける咬合治療により,咬合異常が回復し,頸部痛等が改善したと認めるに足りる客観的な証拠はなく,頸部痛等の軽減は,原告が同時期にb病院で受けていたリハビリ等の整形外科的治療の効果とみるべきである。

         (中略)

第三 争点に対する判断
1 cデンタルクリニックにおける治療と本件事故との相当因果関係の有無(争点(1))について

(1)前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。
ア 咬合異常は,「顎・顔面・歯・歯周組織などが遺伝的もしくは環境的原因により,その発育・形態・機能に異常をきたし,咬合が正常でなくなった状態」,すなわち上下顎の歯の静的・動的な位置関係が正常でなくなった異常な状態と定義される。

 臨床的な咬合異常は,咬合接触の異常と捉えられ,これは,〔1〕早期接触(閉口によって上下顎の歯が接触する際,1歯ないし数歯のみが早期に接触する状態),〔2〕咬頭干渉(下顎偏心位への滑走運動を行う際に円滑な下顎運動が障害される咬合接触状態)及び〔3〕無接触(該当歯に,対合歯との咬頭嵌合位における咬合接触が1点も認められないもの)に分類される。

 早期接触の原因としては,咬合面形態の不良,咬合平面の異常並びに下顎運動制御の異常等が,咬頭干渉の原因としては,歯のガイドの不良(異常),歯の位置の不良(異常),咬合面の形態の不良(異常)並びに咬合平面の異常(不良)等が考えられる。

イ 原告は,本件事故以前から,cデンタルクリニックで咬み合わせの治療,検査を定期的に受けていた。

ウ 原告は,本件事故後の平成25年8月23日,cデンタルクリニックを受診し,症状について相談し,以後,要旨,以下のとおり,受診した。
・平成25年8月23日 初診,相談
・同月28日 X線診査(オルソパノラマ,顎関節X線規格写真,側面頭部X線規格写真,正面頭部X線規格写真),口腔写真,口腔内診査
       CT検査
       生体診査(下顎骨運動時における咬合紙透過像診断,顔面頭蓋頸部筋診査,頸椎可動域診査(写真))

・同年10月3日 第1回オクルーザルパワーゾーン(BSS(バイオセクショナルスプリント))
         調整精密咬合紙透過像治療・診断記録
・同月25日 第2回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
       精密咬合紙透過像治療・診断記録
・同月30日 第3回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
       精密咬合紙透過像治療・診断記録

・同年12月17日 第4回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
          精密咬合紙透過像治療・診断記録
・同日 第5回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
    精密咬合紙透過像治療・診断記録
・同月26日 第6回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
       精密咬合紙透過像治療・診断記録

・平成26年1月7日 第7回オクルーザルパワーゾーン咬合調整
           精密咬合紙透過像治療・診断記録

・同年2月6日 BFスプリント印象・咬合採得
        第8回(7回目とあるが誤記と認められる。)オクルーザルパワーゾーン咬合調整
        精密咬合紙透過像治療・診断記録

・同月20日 BFスプリント装着

(2)前記(1)アのとおり,無接触を除く咬合異常(原告の咬合異常もこれに含まれる。)の原因としては,多様なものが考えられ,原告自身も,前記(1)イのとおり,本件事故以前から咬合由来の症状を訴えてcデンタルクリニックを受診していたことが認められるから、原告が,本件事故後に咬合由来の症状を訴えていたとしても,その原因が本件事故による受傷であったと直ちに認めることはできないというべきである。

 そして,原告は,前記(1)ウのとおり,本件事故後にcデンタルクリニックにおいて検査等を受けたことが認められるが,同検査の過程で,咬合調整前後の頸椎の可動域(度数)を厳密に測定した事実は窺えず,また,咬合紙を使用した咬合検査は,受検者が強く咬んだ時と弱く咬んだ時とで咬合紙に表れる結果が異なり得ると考えられ,かかる検査によって,(仮に症状を訴えていたとしても)原告の咬合異常が,本件事故の受傷に由来するものか否かを判定することは困難といわざるを得ない。 

 そうすると,(仮に症状を訴えていたとしても)原告の咬合異常が本件事故を原因として発症したと認めることはできず,cデンタルクリニックにおける治療と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。