小松法律事務所

交通事故休業役員報酬支払に民法422条代位を認めた地裁判決紹介


○原告会社が、事故により受傷した原告(原告会社代表者)が休業したにもかかわらず、役員報酬を支払っていた場合に、反射損害(民法422条類推適用による損害賠償請求権の代位)は、原告会社が原告に支払をした限度で原告の休業損害に相当する損害賠償請求権が原告会社に移転することを認め、遅延損害金は、代位の日の翌日から発生するとした令和2年10月30日東京地裁判決(自保ジャーナル2085号176頁)関連部分を紹介します。弁護士費用は代位の対象外であるから、原告会社は弁護士費用を請求することはできないとしました。

民法第422条(損害賠償による代位)
 債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。


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主   文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,80万8574円及びこれに対する平成30年11月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告会社に対し,連帯して,24万円及びうち18万円に対する平成30年12月1日から,うち3万円に対する平成31年1月1日から,うち3万円に対する平成31年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,原告Aと被告らとの間においては,原告Aに生じた費用と被告らに生じた費用の3分の1とを5分し,その1を原告Aの負担とし,その余は被告らの負担とし,原告会社と被告らとの間においては,原告会社に生じた費用と被告らに生じた費用の3分の2とを8分し,その1を被告らの負担とし,その余を原告会社の負担とする。
5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請

 被告らは,連帯して,原告Aに対し100万6100円,原告会社に対し203万0896円及びこれらに対する平成30年11月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告Aが運転する普通貨物自動車(以下「原告車」という。)に被告会社の従業員である被告Bが運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)について,原告Aが,被告Bに対し,民法709条に基づき,被告会社に対し,民法715条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,連帯して,損害賠償金及びこれに対する本件事故発生日から支払済みまで民法所定の利率による遅延損害金の支払を求め,原告Aが代表者を務める原告会社に企業損害が生じ,仮に企業損害が認められなくても,減額せずに支払った役員報酬分の損害が生じたとして,被告らに対し,それぞれ前記各条に基づき,連帯して,損害賠償金及び本件事故発生日から支払済みまで民法所定の利率による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により認められる。)

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(過失相殺)について


         (中略)

3 争点(3)(原告会社の損害)について
(1)後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 原告Aは,平成29年11月まで,個人でエアコン等の取り付け業を営み,家電量販店が多摩流通に発注し,同社が杉原電機に発注し,杉原電機が原告Aに発注するという形態で業務を行っていた(甲6,7,29)。

イ 原告Aは,ダイキン工業と直接取引する事業を行って信用を高め,将来は下請け業者を育成して事業を拡張することを企図し,平成29年11月21日,空気調和設備工事業などを目的とする原告会社を設立し,平成29年12月をもって杉原電機との取引をやめ,平成30年から原告会社がダイキン工業から業務を請け負って事業を営むこととした(甲31,原告本人,弁論の全趣旨)。原告会社は,原告Aが100%出資して設立した会社であり,原告Aが業務執行社員及び代表社員であり,本店所在地は原告Aの自宅と同一であり,設立から口頭弁論終結時まで従業員はいないが,会社の口座を有し,工具や車両運搬具は会社名義で取得し,会社の帳簿及び決算書が作成され,会社名で支払の請求がされている(甲2,3,5,10,30,弁論の全趣旨)。

ウ 原告会社は,平成30年2月から6月までダイキン工業から研修期間の売上(月額32万4000円)を得て,同年7月から正式な取引を始めたが,予想に反して同月の売上が少なかったことから,原告会社は,同年8月から杉原電機ないし多摩流通との取引を開始した(甲3,31,原告本人)。
 原告会社の杉原電機等に対する売上げは,平成30年8月分117万4967円,同年9月分85万6810円,同年10月分54万2196円であった(甲3)。

エ 原告Aは,本件事故後,苑田第一病院及びわしざわ整形外科に通院していたが,平成30年11月7日のわしざわ整形外科の初診時は,後頚部痛,腰痛及び左肩痛があり,消炎鎮痛剤(内服及び外用)の処方を受け,その後の診察でも疼痛の訴えが続き,同年12月6日の診察で,後頚部痛は当初の3,4割程度まで軽減したものの,腰痛が悪化したと訴え,その後,症状に変動はあったものの,安定していることが多くなり,平成31年2月12日の診察で,後頚部痛はたまに痛む程度だが,腰痛は常時重く,仕事後の疲労感が強く,仕事は70%から80%のパフォーマンスであると訴え,この日は外用の消炎鎮痛剤のみが処方され,同年3月6日の診察では全般的に改善傾向との訴えがあり,同年4月5日の診察で,医師から半年経つので今月終了でやむを得ないとの話があり,同月25日の診察で治療中止となった(甲27,28)。

オ 原告Aは,本件事故後,痛みのため,エアコンの運搬,壁への取り付け,配管の取り付けなどの業務が困難となったことから,本件事故から2,3週間仕事を休業し,その後は,一日当たりの業務量を少なくしたり,2階での作業を避けたりして発注するよう取引先に依頼して仕事を継続した(甲31,原告本人)。
 原告会社の売上は,本件事故のあった平成30年11月分25万7683円,同年12月分86万1030円,平成31年1月分59万2358円,同年2月分57万5941円,同年3月分45万6909円,同年4月分72万8410円であった(甲3,4)。

カ 本件事故による傷害の治療期間中も,原告会社は,原告Aに対し,平成30年11月は30万円,平成30年12月以降は35万円に増額した報酬を減額することなく支払った(甲30,31,原告本人)。

(2)前記(1)イによれば,原告会社は,出資者は原告Aのみであり,原告A以外に役員及び従業員はいないのであるが,信用を高め,事業を拡張するために設立された会社であり,工具や車両運搬具などの会社名義の資産を有し,会社名義の銀行口座を有し,会社名義で取引をして請求書を発行するなどしていたことからすれば,原告Aと原告会社が経済的に一体であるとはいえず,原告会社に生じた損害が本件事故と相当因果関係のある損害であるとはいえない。
 したがって,原告会社の損害が本件事故と相当因果関係があることを前提とする原告会社の主張は理由がない。

(3)もっとも,前記(1)カのとおり,原告会社は,本件事故後も原告Aに対し,役員報酬月額30万円ないし35万円を減額することなく支払っていたところ,前記(1)オのとおり,原告Aは事故から約2週間休業し,その後も痛みで仕事に支障があったために,原告会社が受注する仕事に制限があったことからすれば,原告Aが休業したにもかかわらず,原告会社が役員報酬を減額せずに支払った分について,反射損害(民法422条類推適用による原告Aの休業損害相当の損害賠償請求権の代位)が生じているといえる。

 そこで,原告Aの休業の程度を検討すると,前記(1)ウ,エ,オのとおり,原告Aは,本件事故からしばらくの間疼痛が続いており,そのために本件事故から2週間程度は休業したことから,原告会社の売上は,平成30年11月に前月の半分以下に減少したこと,その後も原告Aは疼痛のために業務に制限があったことが認められることから,同月中の原告Aの休業割合は60%と認めるのが相当である。また,月額30万円の報酬は,前記(1)イのとおり,原告会社に従業員がいないことや労務対価として相当な金額であることから,全額が労務対価であると認められる。


 前記(1)オによれば,原告会社は,原告Aの仕事復帰後,業務量や負担を軽減して発注するよう取引先に依頼していたものの,前記(1)ウ,オのとおり,平成30年12月以降は,本件事故前の月別売上よりも多い売上を上げる月があったこと,前記(1)エによれば,平成31年2月中旬には、原告Aが後頚部痛は軽減し,腰痛はあるが,平常時の80%程度の仕事ができるまでに回復した旨訴えていたことから,平成30年12月及び平成31年1月の2か月について,10%の限度で疼痛による業務の制限があったと認めるのが相当である。ただし,前記(1)カのとおり,平成30年12月以降,原告Aの報酬が月額35万円に増額されているが,原告Aの労働に制約があったにもかかわらず,増額した合理的理由が明らかでないことから,労務対価部分は従前の役員報酬と同額の30万円と認める。

 そうすると,原告Aの休業損害の金額は,次のとおり,24万円となり,この限度で原告会社に反射損害が生じたと認める。 
(計算式)30万円×(0.6+0.1+0.1)=24万円
 なお,反射損害は,原告会社が原告Aに支払をした限度で原告Aの休業損害に相当する損害賠償請求権が原告会社に移転するものであり,弁護士費用は代位の対象外であるから,原告会社が弁護士費用を請求することはできない。

 おって,遅延損害金は,代位の日の翌日から発生するところ,弁論の全趣旨によれば,遅くとも原告会社は,各月の末日までに役員報酬を支払ったと認められるから,その翌日から各月分(平成30年11月分18万円,平成30年12月及び平成31年1月分は各3万円)の休業損害相当部分に対する遅延損害金が発生する。

(4)被告らは,原告会社は,本件事故前から売上の減少傾向があり,本件事故により売上が減少したとはいえない旨主張する。

 しかし,原告会社の平成30年11月の売上減少は,それまでの売上減少の傾向に比べて著しく,原告Aが疼痛のために本件事故から2週間程度休業したことに原因があるというべきである(前記(3)参照)。また,原告Aの休業損害は,原告Aが本件事故による傷害のために仕事を休んだ分や仕事に制限を受けた分を損害として評価するものであって,原告会社の売上減少と必ずしも結びつくものではないことからしても,被告らの主張は理由がない。

4 以上によれば,原告Aの請求は,被告Bに対し,民法709条に基づき,被告会社に対し,自賠法3条に基づき,連帯して,損害賠償金80万8574円及びこれに対する本件事故発生日(平成30年11月6日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,原告会社の請求は,被告Bに対し,民法709条に基づき,被告会社に対し,自賠法3条に基づき,連帯して,損害賠償金24万円及びうち18万円に対する平成30年12月1日から,うち3万円に対する平成31年1月1日から,うち3万円に対する平成31年2月1日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 よって,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき,同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第27部 裁判官 綿貫義昌