小松法律事務所

逸失利益全体から遺族受領死亡退職手当全額控除を認めた地裁判決紹介


○公務員A(事故時41歳)が交通事故で死亡し、その相続人の妻(法定相続分3分の2)と両親(法定相続分合計3分の1)が、給与逸失利益の外に、定年退職手当(退職金)逸失利益合計約814万円について、甲事件原告妻が法定相続分543万円を、乙事件原告両親が約271万円を請求しました。

○給与逸失利益全体5045万円の法定相続分相当額3363万円と定年退職手当逸失利益543万円の合計3906万円を甲事件原告妻の損害と認めましたが、原告妻は死亡退職手当としてAの勤務先B市から約700万円を受領済みでした。この700万円は、認定された原告妻分の定年退職手当逸失利益543万円を上回っていますが、定年退職手当逸失利益と死亡退職手当逸失利益合計額3906万円全体から700万円の控除を認めた平成29年7月18日高松地裁判決(判時2520号36頁)関連部分を紹介します。

○この判決は、控訴審平成30年1月25日高松高裁判決で一部覆されており、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 被告は、甲事件原告に対し、3564万7623円及びうち3240万7623円に対する平成28年1月23日から、うち324万円に対する平成27年9月6日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、乙事件原告らに対し、各々、1142万9908円及びうち1039万9908円に対する平成28年6月10日から、うち103万円に対する平成27年9月6日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、甲乙事件を通じて、これを25分し、その6を甲事件原告の負担とし、その4を乙事件原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1、2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請

1 甲事件
 被告は、甲事件原告に対し、6278万5197円及びうち5708万5197円に対する平成28年1月23日から、うち570万円に対する平成27年9月6日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 乙事件
 被告は、乙事件原告らに対し、各々、1698万6982円及びうち1544万6982円に対する平成28年6月10日から、うち154万円に対する平成27年9月6日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は、被告運転の普通乗用自動車が亡A(以下「A」という。)に衝突する交通事故が起こり、これによってAが死亡したため、Aの妻である甲事件原告が、被告に対し、不法行為又は自賠法3条に基づき、弁護士費用を除く損害として5708万5197円及びこれに対する自賠責保険金支払日の翌日である平成28年1月23日から、並びに弁護士費用570万円及びこれに対する交通事故の日である平成27年9月6日から、各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求し(甲事件)、

Aの親である乙事件原告らが、被告に対し、不法行為又は自賠法3条に基づき、各々、弁護士費用を除く損害として1544万6982円及びこれに対する自賠責保険金支払日の翌日である平成28年6月10日から、並びに弁護士費用154万円及びこれに対する交通事故の日である平成27年9月6日から、各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求した(乙事件)事案である。

2 前提事実

         (中略)


第3 当事者の主張

         (中略)

2 給与逸失利益(被相続人であるAの損害)
【原告ら】
 Aは地方公務員として、昇格昇給の蓋然性が極めて高いことから、男性・大学大学院卒・全年齢平均の平成26年賃金センサス648万7100円によるべきである。
 生活費控除率は30%とすべきである。

【被告】
 本件事故前年である平成26年のAの年収額(520万8904円)によるべきである。本件事故時のAの年齢に照らせば若年ではないから、全年齢平均の賃金センサスによるのは相当でない。
 生活費控除率は40%とすべきである。

3 定年退職手当の逸失利益(被相続人であるAの損害)(甲事件原告の請求についての損益相殺に関する主張を含む。)
【原告ら】
 Aが60歳定年まで勤務した場合の定年退職手当2058万4257円に、Aの死亡時(41歳)から定年までのライプニッツ係数(19年。0・3957)を乗じた原価である814万5190円(円未満切捨)から、支払済み死亡退職手当(700万9189円)を控除した残額(113万6001円)は、本件事故による損害である。

【被告】
(1)Aが60歳定年まで勤務を継続する蓋然性があったとはいえないから、定年退職手当の逸失利益は生じない。
(2)甲事件原告の請求額に関して、甲事件原告に対し支払済みの死亡退職手当(700万9189円)全額を損益相殺の対象とすべきである。

         (中略)

第4 当裁判所の判断(以下、自賠法3条に基づく請求について判断する。)

         (中略)

2 給与逸失利益(被相続人であるAの損害)
(1)基礎収入
ア Aは、死亡当時の月額給料が30万6900円であり、前年の平成26年の年収が520万8904円であった。そして、Aの60歳時である平成45年における月額給料見込額は38万2300円であるから、同年の年収は約649万円であると推定される(計算式520万8904円×38万2300円÷30万6900円)。
 そうすると、Aの給与逸失利益の基礎収入額は、平成26年年収額である520万8904円と平成45年の年収である約649万円の中間値である585万円と認めるのが相当である。

イ Aの基礎収入額として、原告らは男性・大学大学院卒・全年齢平均の賃金センサスに基づく648万7100円を主張するが、Aの死亡時の年齢が41歳であって若年に当たらない。また、上記アの認定によれば、Aの年収は60歳定年時において約649万円に達するに留まるから、41歳から60歳までの19年間の平均として、上記賃金センサスに基づく年収を得る蓋然性は認められないから、原告らの主張を採用できない。
 被告は死亡時前年の年収額を主張するが、地方公務員であるAについては将来の昇給の可能性も一定程度考慮するのが相当であるから、採用できない。

(2)就労可能年数
 Aが死亡時に勤務していたB市役所の定年は60歳であるが、地方公務員の場合は定年退職後においても再就職の可能性があると考えられること、平成27年の男性・大学大学院卒・60歳~64歳の賃金センサスは年額586万6800円であって、上記(1)で認定したAの基礎収入額とほぼ同額であることからすれば、上記(1)で認定した基礎収入額(年585万円)を前提として67歳まで(就労可能年数26年。ライプニッツ係数14・3752)と認めるのが相当である。

(3)生活費控除率
 Aの死亡時において、Aの被扶養者が甲事件原告1人であったことに照らせば、40%とするのが相当である。

(4)給与逸失利益の計算式
585万円×(1-0・4)×14・3752=5045万6952円

3 退職手当の逸失利益(被相続人であるAの損害)(損益相殺に関する判断を含む。)
(1)Aは、大学を卒業して1年後の平成11年4月から本件事故当時まで約16年6か月にわたって地方自治体であるB市役所に勤務し、係長の地位にあったことからすれば、Aには定年退職時まで19年間勤務を継続して、定年退職手当の支給を受ける蓋然性が認められるから、Aが60歳定年まで勤務した場合の定年退職手当2058万4257円に、Aの死亡時から定年までのライプニッツ係数(0・3957)を乗じた定年退職手当原価である814万5190円(円未満切捨)が、本件事故によるAの損害と認められる。

(2)そして、当該定年退職手当原価の損害は、Aの相続人である原告らに相続分に応じて帰属する(別紙「損害一覧表」《略》番号4欄参照)。
 なお、原告らのうち乙事件原告らは、退職手当の逸失利益として、定年退職手当原価の相続分ではなく、定年退職手当原価から死亡退職手当の差額についての相続分を損害として主張している(別紙「損害一覧表」《略》番号4欄参照)。このため、上記(1)の結論は、退職手当の逸失利益に限ると、乙事件原告らの主張を超えて損害を認定することになる。
 しかし、乙事件原告らの請求認容額全体としては、費目の流用により、後述のとおり請求の範囲内に止まるから、処分権主義に反しない。

(3)Aの本件事故による死亡退職に伴い、B市が香川県市町総合事務組合退職手当条例に基づいて、Aの相続人のうち甲事件原告のみを宛先にして、死亡退職手当700万9189円を支払ったものである。同死亡退職手当は、原告らの相続分に応じて帰属するものでない。

 支払済みの上記死亡退職手当は、本件事故によるAの死亡を原因として支給されたものであるから、損益相殺の対象である。よって、同死亡退職手当については、同手当の支払を受けた甲事件原告が取得する損害賠償債権のみから控除するのが相当である(最判昭和50年10月24日・民集29巻9号1379頁)。

(4)甲事件原告が支払を受けた死亡退職手当の損益相殺の対象となる甲事件原告が取得する損害賠償債権の費目は、Aの給与逸失利益及び退職手当逸失利益の損害の相続分であるが、同相続分の金額(3363万7968円+543万0126円=3906万8094円)は,甲事件原告が支払を受けた死亡退職手当の金額(700万9189円)を上回っている。


         (中略)

第5 結論
 よって、甲事件原告の請求は主文1項記載の限度で理由があることからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、乙事件原告らの請求は主文2項記載の限度で理由があることからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。(裁判官 木村哲彦)