小松法律事務所

遺族厚生年金は逸失利益の対象とはならないとした地裁判決紹介


○交通事故により死亡した83歳の女性被害者A子の相続人である原告らが、加害車両を運転していた被告に対し、民法709条による損害賠償1692万円の支払を求めました。

○これに対し、被害者A子は、老齢厚生・基礎年金として年額177万0100円、遺族厚生年金として年額39万3581円、合計216万3681円を受給していたものの、そのうち遺族厚生年金は、受給権者自身の生存中の生活を安定させる必要から支給されるものであって、逸失利益の対象とならないと解される(最高裁平成12年11月14日第三小法廷判決・民集54巻9号268頁参照)から、これを基礎収入から除外すべきであるとした令和3年4月20日京都地裁判決(交通事故民事裁判例集54巻2号542頁)関連部分を紹介します。

○なお、A子は、B保険相互会社との間で保証期間付終身年金(定額年金型)の保険契約を締結し、A子の生存中、年額36万0200円を受給する権利を有していたため、逸失利益算定の基礎となるA子の年金収入は、老齢厚生・基礎年金と終身年金の合計額213万0300円となるとしました。

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主   文
1 被告は、原告らに対し、それぞれ1264万8993円及びこれに対する平成30年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、主文1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が各原告に対し、それぞれ1000万円の担保を供したときは、その原告による上記仮執行を免れることができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告らに対し、それぞれ1692万9282円及びこれに対する平成30年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、後記交通事故により死亡した被害者の相続人である原告らが、加害車両を運転していた被告に対し、民法709条による損害賠償請求権に基づき、それぞれ1692万9282円及びこれに対する不法行為の日(事故日)である平成30年5月25日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前の民法。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

第3 前提事実

         (中略)

2 争点2(A子の損害)について
(原告らの主張)
(1)治療費 36万6640円(甲5の1・2)
(2)文書料 4万円(甲6)
(3)葬儀費用 150万円

(4)逸失利益 1626万4130円
ア A子は、国民年金及び厚生年金を、年額207万4473円受給していた(甲7)。

イ A子は、B社の保証期間付終身年金(定額年金型)を、年額36万0200円受給していた(甲8)。

ウ A子は、本件事故当時、自宅において原告乙野及び同人の子(乙野太郎。当時11歳、小学5年生。以下「太郎」という。)と3人で生活し、介護福祉士の仕事で日中多忙な原告乙野に代わって、自宅の家事全般(炊事、洗濯、掃除、太郎の世話等)を1人でしていた。したがって、家事労働の収入は、賃金センサス平成30年度女性学歴計全年齢平均年収額382万6300円と評価すべきである。
エ A子の生活費控除率は、一家の支柱として40%が相当であり、また、就労可能年数は5年間である。
オ したがって、A子の逸失利益は、(207万4473円+36万0200円+382万6300円)×(1-0.4)×4.3295(5年に対応するライプニッツ係数)=1626万4130円となる。

         (中略)

(被告の主張)
(1)原告の主張(1)(治療費)、(2)(文書料)は不知。
(2)同(3)(葬儀費用)は否認する。146万6924円(甲10、11)に止まる。

(3)同(4)(逸失利益)は否認する。
ア A子は、死亡当時83歳であり、同居者は娘である原告乙野とその小学5年生の子の太郎であり、日常的に習い事に勤しみ、旅行やコンサート等にも多くの時間を費やしていたことからすると、同居家族の一員として家事を分担していたにすぎず、他人のための家事従事者には当たらない。
 仮にA子を家事従事者とみる余地があるとしても、その寄与率は1割を超えない。また、A子の83歳という年齢からすると、相応の体力や判断力が必要となる家事労働を他人のために全うできるのは、長くても2年に止まる。

イ A子の年金収入のうち、遺族年金は逸失利益の対象とはならない。また、A子には年金以外に収入はなく、年金はその大半が生活費のほか、旅行やコンサート等に費消されている(甲6、7)から、生活費控除割合は8割を下らない。

         (中略)

第6 当裁判所の判断

         (中略)

(4)逸失利益 862万3416円(原告ら主張額1626万4130円)
ア 年金
(ア)A子は、平成29年4月以降、老齢厚生・基礎年金として年額177万0100円、遺族厚生年金として年額39万3581円、合計216万3681円を受給していた(甲16、17)。
 もっとも、そのうち遺族厚生年金は、受給権者自身の生存中の生活を安定させる必要から支給されるものであって、逸失利益の対象とならないと解される(最高裁平成12年11月14日第三小法廷判決・民集54巻9号268頁参照)から、これを基礎収入から除外すべきである

(イ)A子は、上記(ア)に加えて、A保険相互会社との間で保証期間付終身年金(定額年金型)の保険契約を締結し、A子の生存中、年額36万0200円を受給する権利を有していた(甲8)。

(ウ)したがって、逸失利益算定の基礎となるA子の年金収入は、(ア)の老齢厚生・基礎年金と(イ)の終身年金の合計額213万0300円となる。


イ 家事労働
(ア)証拠(甲4、13、原告丁野本人、原告乙野本人のほか、各項掲記のもの)と弁論の全趣旨によれば、本件事故当時のA子の生活ないし家事分担の状況につき、以下の事実が認められる。
a A子は、本件事故当時、A子が所有する自宅において、原告乙野(当時48歳)及び同人の子の太郎(当時11歳、小学5年生)の3人で同居生活をしていた。

b 原告乙野は、介護福祉士として京都府京田辺市内の社会福祉法人に勤務し、その勤務時間は午前8時30分~午後5時30分であり(甲9)、午前8時頃に家を出て、午後6時30分~7時頃に帰宅していた。

c 原告乙野とA子の家事の分担は、おおむね以下のようなものであった。
〔1〕原告乙野と太郎の朝食は、原告乙野が準備し、A子の朝食は、好みもあってA子自身が準備していた(原告乙野p6、7)。
〔2〕太郎は、朝に小学校に登校し、終業後は学童保育に行き、帰宅は原告乙野が仕事帰りに迎えに行っていた。太郎が病気になったときの世話はA子が行っていたし、原告乙野が仕事で学童に迎えに行けないときはA子が代わりに迎えに行くことがあった。
〔3〕夕食は、基本的にA子が3人分を準備していたが、原告乙野が手伝ったり、惣菜を購入して一品に充てたりすることもあった。
〔4〕夕食の片づけは、原告乙野が行うことが多かった。
〔5〕買物は、おおむね毎日、原告乙野が仕事帰りに行っていたが、A子が行うこともあった。
〔6〕原告乙野と太郎の衣類の洗濯は原告乙野が行い、A子の衣類は、A子のこだわりもあってA子自身が行っていた。
〔7〕ペットの世話は、原告乙野が行っていた。
〔8〕庭の植木の手入れは、年1回程度A子が行い、部屋の掃除は、A子が週に2、3回掃除機をかけ、3か月に1回程度床の拭き掃除をしていた。トイレや風呂の掃除は、原告乙野が行っていた。

d A子は、本件事故当時、健康に問題はなく、社交ダンス、詩吟等の習い事をし、旅行、コンサート観覧などに行くことがあった。本件事故時も社交ダンス教室に向かう途中であった。

(イ)上記(ア)の事実によれば、A子、原告乙野及び太郎の同居生活において、A子と原告乙野は、家事の多くの部分を分担しており、A子が原告乙野及び太郎のために家事労働を行っている部分は多くないが,平日の原告乙野と太郎の夕食の準備、週2、3回の室内の掃除機かけ、太郎の発熱時等の対応や学童の迎えの代行については、原告乙野及び太郎のための家事労働と認めることができる。その割合は、配偶者と子がいる家庭における専業主婦の家事労働を基準とすると、20%に止まるものと認めるのが相当である。

(ウ)以上によれば、上記家事労働によるA子の収入は、賃金センサス平成30年度女性学歴計全年齢平均年収額382万6300円の20%である76万5260円と認められる。 

ウ 生活費控除率
 年金分の生活費控除率について、A子の平成29年8月15日~平成30年4月12日(約8か月)の実際の支出をみると、120万9000円であり(甲7)、これを1年に換算すると181万3500円となる。
 他方で、A子の実際の年金収入(ここでは遺族年金も含めて計算すべきである。)は、年額252万3881円であり(前記ア)、家事労働の収入は76万5260円である(上記イ(ウ))から、その合計328万9141円に占める支出181万3500円の比率は約55%となる。
 以上のようなA子の収入と支出の実情を踏まえると、A子の生活費控除率は55%と認めるのが相当である。

エ 就労可能年数
 統計資料によれば、平成30年の83歳女性の平均余命は9.76年であり、A子が高齢であることから、その家事労働に関する就労可能期間は4年とみるのが相当である。他方で、年金については、就労と関係なく受給するものであるから、平均余命9.76年を踏まえ、10年のライプニッツ係数をもって中間利息を控除することとする。

オ 小括
 以上の検討を踏まえると、A子の逸失利益は、次の(ア)、(イ)の合計862万3416円となる。

(ア)年金分
基礎収入213万0300円×生活費控除(1-0.55)×7.7217(10年に対応するライプニッツ係数)=740万2291円

(イ)家事労働分
基礎収入76万5260円×(1-0.55)×3.5460(4年に対応するライプニッツ係数)=122万1125円

         (中略)

3 結論
 以上によれば、原告らの請求は、それぞれ1264万8993円(上記2(7)の3分の1の金額)及びこれに対する不法行為の日(本件事故日)である平成30年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。裁判官 野田恵司