小松法律事務所

人傷保険会社受領自賠責保険金を被害者受領と認めない地裁判決紹介


○原告が、横断歩道を歩行横断中であったところ、被告Bとの交通事故により損害を被ったと主張して、被告車両の運転者である被告Bに対し、平成29年法律第44号による改正前の民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき、被告車両所有者である被告Cに対し、自賠法3条に基づき、連帯して、損害賠償を求めました。

○これに対し、被告側では人身傷害保険会社が被告加入自賠責保険から194万3686円を受領した金額について損益相殺の対象となると主張しましたが、人身傷害保険会社が自賠責保険金を受領したからといって、原告が自賠責保険金を受領したものと同視することはできず、同金額は損益相殺されないとした令和3年8月10日京都地裁判決(交通事故民事裁判例集54巻4号1093頁)関連部分を紹介します。

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主   文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,246万1967円及びこれに対する平成29年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告らは,原告に対し,連帯して,542万2534円及びこれに対する平成29年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は,原告が,横断歩道を歩行横断中であったところ,被告Bとの下記1(1)の交通事故(以下「本件事故」という。)により損害を被ったと主張して,車両(以下「被告車両」という。)の運転者である被告Bに対し,平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「民法」という。)709条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,被告車両所有者である被告Cに対し,自賠法3条に基づき,連帯して,損害賠償金542万2,534円及びこれに対する平成29年3月2日(不法行為日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 以下,証拠の枝番があるものについて,特に明記のない限り枝番を含む。
1 前提事実


(中略)


(4)既払金
 原告は,D(以下「D」という。原告の子)が契約していた人身傷害保険の被保険者であり,同保険会社であるq2保険会社(当時。以下「人身傷害保険会社」という。)から人身傷害保険金327万0222円の支払を受けた。被告側付保の自賠責保険からの支払金194万3686円は人身傷害保険会社が回収している。かかる金員が損益相殺されるかについては当事者間に争いがある。

2 争点
(1)本件事故態様,過失割合(民法709条の過失,自賠法3条ただし書の免責事由),被告らの責任
(2)人身傷害保険会社が自賠責保険から受け取った金額は損益相殺されるか
(3)原告の損害

3 当事者の主張
(1)争点(1)について


(中略)


(2)争点(2)について
(被告らの主張)
 人身傷害保険会社は,被告側加入の自賠責保険から194万3686円を受領しているから,同金額については既に損害の填補がされている。人身傷害保険会社と原告との間の確認書は,原告が,人身傷害保険会社に対し,同社が支払った人身傷害保険金を限度として自賠責保険金の受領権限を与えることを内容としており,同社が回収した自賠責保険金は損益相殺の対象となるというべきである。

(原告の主張)
 人身傷害保険金を受領した被害者が加害者に損害賠償請求をした場合,加害者負担にかかる損害に充当されるのは,支払われた保険金額のうち,被害者の過失に対応する損害額を上回る部分に限られる。これは,人身傷害保険会社が自賠責保険金を回収した場合でも変わりはない。自賠責保険金を受領したのは飽くまで人身傷害保険会社であり,被害者には何らの利得も生じていない。よって,人身傷害保険会社が回収した自賠責保険金は損益相殺の対象とはならないというべきである。


(中略)


第三 当裁判所の判断


(中略)


2 争点(2)について
(1)D(原告の子)が被保険者を原告として契約していた人身傷害保険会社は,原告に人身傷害保険金を支払い,被告側の自賠責保険会社から自賠責保険金を受け取っている(前記前提事実)。
 人身傷害保険金の支払を受けた被害者に交通事故の発生につき過失がある場合には,人身傷害保険会社は,被害者が民法上認められるべき過失相殺前の損害額の取得を確保することができるように人身傷害保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が民法上認められるべき過失相殺前の損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である(最高裁平成24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号742頁)。よって,人身傷害保険金として支払われた金額のうち,損害賠償金の填補の対象となるのは,被害者である原告の過失に対応する損害額(過失相殺により減額される金額)を上回る部分に限られると解するべきである。

(2)被告らは,確認書を根拠に,原告が,人身傷害保険会社に対し,同社が支払った人身傷害保険金を限度として自賠責保険金の受領権限を与えているから同社が回収した自賠責保険金は損益相殺の対象となると主張する。

 確認書によると,原告(被保険者)が,人身傷害保険会社に対し,「上記最終支払保険金を受領することにより,私が乙(被告B)をはじめとした賠償義務者および自賠責保険に対する損害賠償請求権は,上記支払保険金合計額に上記1ただし書きの額を加えた金額を限度として貴社に移転し,貴社が賠償義務者および自賠責保険に対し,同額を限度として請求・受領すること」を確認した旨の記載がある。

 人身傷害保険の趣旨は,被害者負担部分のてん補にあることに鑑みれば,上記確認書における被保険者(原告)の合理的意思としては,人身傷害保険会社が代位するのは上記(1)の人身傷害保険会社が代位できる部分にとどまり,人身傷害保険会社が自賠責保険会社から回収した額と上記代位部分に差額が生じる場合も,被保険者自らは自賠法16条に基づく請求をすることはなく,人身傷害保険会社と加害者側とで調整を図る処理を望むものと解するのが相当である。

上記確認書上,人身傷害保険会社からの支払額は人身傷害保険金として記載され,自賠責保険金に関する記載はなく,同保険金の一部が自賠責保険金であり加害者からの賠償金の支払に相当するものと認識することは容易ではないところ,人身傷害保険会社が自賠責保険から回収したか否かにより被保険者(原告)の受領額が異なる結果となることは,人身傷害保険の趣旨に照らし相当とはいえないことからも,上記のとおり解するのが相当である。


(中略)


(13)上記合計 747万3223円

(14)過失相殺
 上記(13)につき過失相殺後の金額は224万1967円(747万3223円×(1-0.7),円未満四捨五入)となる。

(15)既払額 0円
 上記(13)の金員中原告の過失割合相当部分である523万1256円(747万3223円×0.7)に人身傷害保険金327万0222円は全額充当される。

(16)弁護士費用
 本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は22万円(上記(14)の10%相当額)と認めるのが相当である。

(17)認容額合計 246万1967円

4 小括
 以上によると,被告Bは民法709条,被告Cは自賠法3条に基づき,原告に対し,連帯して,246万1967円及びこれに対する不法行為日(事故発生日)である平成29年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務があると認められる(不真正連帯債務)。なお,被告Bに対する自賠法3条に基づく請求は上記認容額を上回るものではないため判断する必要はない。

5 結論
 よって,原告の請求は,主文記載の限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却し,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第4民事部 裁判官 鈴木紀子