小松法律事務所

非接触事故での損害賠償請求を一部認めた地裁判決紹介


○原告が自動車を運転中に、交差点の左方道路から進行してきた被告運転の自動車との衝突を避けるためにブレーキを掛けて停止した非接触事故について、事故により「局部に頑固な神経症状を残すもの」として12級13号の後遺障害が生じたとして、原告が被告に対し、民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき、約1209万円の損害賠償を求めました。

○被告は、原告がシートベルトをしていたこと、原告車両にヘッドレストが装着されていたこと、原告が身構えた姿勢でブレーキを踏んだこと、本件事故が非接触事故であることなどを挙げて、原告の頸椎、左肩関節、背部などに傷害が発生することは考えられないとも主張し、請求棄却を求めました。

○これに対し、被告の主張する上記事情があるとしても、直ちに本件事故により原告が何らの傷害を負うこともないとは断ずることはできず、このことは、P5医師が、本件事故が非接触事故であることを前提としつつも、外傷性頸部症候群の発症を否定していないことからも認められるなどとして、原告の請求のうち約60万円を認容した令和3年3月23日長野地裁判決(自保ジャーナル2116号122頁)関連部分を紹介します。

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主   文
1 被告は,原告に対し,60万6,488円及びこれに対する平成30年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は,原告に対し,1,209万2,619円及びこれに対する平成30年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
 本件は,原告が自動車を運転中に,交差点の左方道路から進行してきた被告運転の自動車との衝突を避けるためにブレーキを掛けて停止した非接触事故(以下「本件事故」という。)について,原告が,被告に対し,民法709条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,損害金1,209万2,619円及びこれに対する不法行為(本件事故)の日である平成30年1月16日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実

         (中略)

第三 当裁判所の判断
1 争点1(原告及び被告の過失の有無及び割合)について


         (中略)

2 争点2(本件事故による傷害及び後遺障害の有無)について
(1)原告は,本件事故により急ブレーキを余儀なくされ,頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷とともに,左肩腱板断裂(腱板不全損傷)の傷害を負い,それらの症状については,平成30年7月21日に固定したが,左肩腱板断裂の後遺障害により,左肩の痛み,肩が挙がりづらいといった自覚症状が遺残し,これが「局部に頑固な神経症状を残すもの」として12級13号の後遺障害に当たると主張する。

 これに対し,被告は,本件事故により原告が頸椎,左肩関節,背部などに傷害を負ったことはなく,特に左肩腱板断裂が発生したことはあり得ないと主張し,原告の傷害及び後遺障害を否認する。
 また,損害保険料率算出機構は,本件事故についての原告に対する自賠責保険の適用につき,受傷の具体的な経緯の説明がないこと,事故態様からすると,医療機関での治療を要する程度の外力が加わったとは直ちに認められないこと,診断書上も外傷性の異常所見が認められないこと等を勘案し,本件事故によって原告に頸部・背部・左肩部を負傷したとの立証がないとして,適用対象外であると判断した(前提事実(3)イ)。

         (中略)

このほか,g病院のP5医師は,その意見書で,原告のMRI画像では腱板断裂があるかは明らかでなく,仮にそれがあっても本件事故とは全く関連性がなく,MRIと超音波検査を組み合わせると,腱板断裂は否定的であること,原告は本件事故により外傷性頸部症候群を受傷したと考えられることなどの意見を述べている。
 そうすると,上記のb整形外科での診断やP3医師の意見を踏まえても,医学的な見地からして,原告が左肩腱板の断裂ないし損傷を負っていること,かつ,それが本件事故に起因するものであることは,いずれも明らかでないというべきである。

(5)医学文献等によれば,腱板断裂・損傷自体は,転びそうになって手すりを掴むこと,重い物を上に持ち上げること,洗濯物を干すことなどの日常生活上の動作によっても生じることがあり,さらには,加齢性変化によって自然に生じることもあること,断裂の原因としては,加齢による腱の変性,腱板収縮力による応力集中,肩峰との機械的な衝突,外傷など様々な要因が重なって発症すると考えられており,50歳代では10人に1人の割合で腱板断裂が存在し,無症候性断裂が半分以上を占めること,腱板断裂の原因は,加齢に伴う変化によるもの,交通事故や転倒などで比較約大きな力が加わった場合の外傷によるもの,スポーツによる負荷の繰り返しで腱板が摩耗して断裂するものがあり,年齢を重ねるほど腱板断裂の人が多くなり,無症状の人が増えることが認められる。

また,原告は,平成23年12月24日の交通事故でも,頸椎捻挫などの傷害を負い,左肩甲部の痛みや違和感等の診断を受けていた経緯がある。

 そうすると,仮に本件事故後に撮影されたMRI等の画像に左肩腱板の断裂ないし損傷を示唆する点があるとしても,それは,本件事故とは異なる原因によって発症したものである可能性が否定できない。

(6)小括
ア 前記(3)のとおり,本件事故態様等に照らして,原告の左肩を含む身体に大きな衝撃が加わったものとは認められず,前記(4)のとおり,医師の診断や意見によっても,原告が本件事故により左肩腱板の断裂・損傷を負ったことは明らかでなく,前記(5)のとおり,仮に腱板断裂ないし損傷があるとしても,それが本件事故以外の原因で生じた可能性があることからすれば,原告の主張及び本件各証拠を踏まえても,本件事故によって原告に左肩腱板の断裂ないし損傷が生じたことの立証があるとはいうことができない。

 そうである以上,左肩の痛み,肩が挙げづらいなどの自覚祥状があるとしても,原告が本件事故によって左肩の後遺障害を負ったものとも認められない。

イ もっとも,前記(3)のとおり,原告が急ブレーキを掛けたことにより原告の身体に一定程度の前向きの力が加わり,これによって原告の頸部,上肢などに一定の衝撃が生じたことは想定されるところ,前記前提事実(2)のとおり,原告は,本件事故の当日以降,a整骨院及びb整形外科に通院して,施術及び治療を受けており,そこでは,頸部,背部,左肩(肩甲骨)の痛み等を訴えていたことが認められ,これらを踏まえて,前記(4)のとおり,P5医師は,原告が本件事故によって外傷性頸部症候群を発症したとの意見を述べていることからすれば,原告が本件事故により頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷程度の傷害を負ったことは否定できないというべきである。

 そして,前記(3)のとおり,本件事故時の原告の身体に対する衝撃の程度は決して大きなものではなく,この衝撃に対応する体勢も取れていたと認められること,前記前提事実(2)のとおり,原告は,本件事故後,平成30年5月までは,a整骨院に月十数回程度,b整形外科に月1回程度通院していたが,同年6月は,a整骨院への通院は2回だけとなり(同年7月も2回。),b整形外科には通院していないこと,証拠(略)によれば,同年7月の診療は専ら左肩の痛み等についてのものである(同月21日のb整形外科での診療では,頸部や背部の痛みはないとされている。)ところ,前記アのとおり,原告に本件事故による左肩腱板の断裂ないし損傷の傷害及びそれによる後遺障害は認められないことに照らすと,本件事故によると認められる原告の傷害について必要であった診療は,同年5月31日までと認めるのが相当である。

ウ これに対し,被告は,本件事故時の原告のブレーキングは,通常の運転におけるブレーキであり,医療機関での治療を要する程度の外力が加わったとは考えられないと主張する。
 しかし,本件事故時に原告車両が,通常のブレーキではなく,フルブレーキないしそれに近い状態であったと認められ,これにより原告の身体に一定程度の衝撃が加わったと認められることは,前記(2)及び(3)のとおりであるから,被告の上記主張は採用できない。

 また,被告は,原告がシートベルトをしていたこと,原告車両にヘッドレストが装着されていたこと,原告が身構えた姿勢でブレーキを踏んだこと,本件事故が非接触事故であることなどを挙げて,原告の頸椎,左肩関節,背部などに傷害が発生することは考えられないとも主張する。
 しかし,被告の主張する上記事情があるとしても,直ちに本件事故により原告が何らの傷害を負うこともないとは断ずることはできず,このことは,P5医師が,本件事故が非接触事故であることを前提としつつも,外傷性頸部症候群の発症を否定していないことからも認められる。

 さらに,被告は,原告が本件事故後の治療中もボウリングの練習をし,ボウリング大会にも出場していることも指摘し,このほか,証拠(略)によれば,令和2年7月に原告が小型2級船舶及び水上バイクの免許を取得したことも認められるが,そのような事実は,前記イのとおり,本件事故による原告の傷害が頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷の程度にとどまり,これに対する治療が平成30年5月31日で終了したと認めることと相容れないものとはいえないから,前記イの認定を覆すに足る事情ではない。

 このほか,被告は,原告が平成23年12月24日,平成25年5月10日,平成28年10月18日にも交通事故に遭っており,本件との類似点があると指摘するが,証拠(略)によれば,上記3件の交通事故は,追突等,いずれも相手方の一方的な過失により生じたものであって,事故態様が本件事故とは異なっており,いわゆる不正請求のような事案とも認められないから,原告がかかる事故歴を有することは,前記イの傷害についての認定を左右するものとはいえない。

3 争点3(原告の損害額)について
(1)治療費等
 前記2(6)イのとおり,本件事故による原告の傷害に対して必要な治療は,平成30年5月31日までであったと認められるところ,同期間の治療費等は,前記前提事実(3)アのとおり,62万6,104円であると認められる。

(2)通院交通費
 前記前提事実(2)によれば,平成30年5月31日までの通院日数は,a整骨院につき79回,b整形外科につき5回と認められるところ,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,その通院に要した交通費(ガソリン代)は,a整骨院につき,1万4,931円〔計算式:片道6.3キロメートル×2×15円×79回=1万4,931円〕,b整形外科につき,1,845円〔計算式:片道12.3キロメートル×2×15円×5回=1,845円〕と認められ,その合計額は,1万6,776円となる。

(3)休業損害
ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故当時,個人タクシーのドライバーとして稼働し,主たる収入を得ており,また,「c店」の屋号でボウリンググッズ等の販売を営んでいるほか,太陽光オール電化設備業にも携わっていたことが認められる。

イ 原告は,本件事故後の休業損害について,基礎収入を,平成29年の所得金額(183万1,254円)に青色申告特別控除額(65万円)及び固定経費(287万4,562円)を加算した535万5,816円とし,それを1日当たりに換算した金額に実通院日数91日を乗じた,133万5,285円が休業損害であると主張する。
 しかしながら,休業損害は,治療期間の実際の収入減について認められるべきであるから,原告の上記算定方法は,採用することができない。

ウ 原告は,前記イの主張のほかに,本件事故後のタクシー稼働日数が前年の稼働日数を下回り,また,タクシー売上げ及びc店売上げがいずれも前年比マイナスとなり,合計116万1,002円が減少したと主張する。
 この点,証拠(略)によれば,本件事故の前年である平成29年の原告の売上げは,1,031万3,942円であり,本件事故のあった平成30年の原告の売上げは、915万2,940円であると認められ,その減少額は,116万1,002円となる。

 もっとも,前記2(6)イのとおり,本件事故による傷害に対する治療期間は,本件事故日である平成30年1月16日から同年5月31日までと認められ,また,証拠(略)によれば,原告は,同年6月に転倒して右膝を打ち,右大腿骨骨折,右股関節捻挫の傷害を負い,安静を要する状態になったことが認められることからすれば,上記の通年での売上げ減少が本件事故に起因するものであるとはいえない。 

 そして,上記の平成29年の売上げには,同年7月30日のリフォーム売上げ36万5,753円が含まれており,これは臨時的な収入と解されるところ,同年の売上げから上記リフォーム売上げを控除した994万8,189円を,月額に換算すると,約82万9,015円となるが,一方,平成30年1月から同年5月までの5ヶ月間の売上げは,401万8,954円であり,これを月額に換算すると,約80万3,790円となるから,同期間の売上げは,前年の実績とほとんど変わらないものであったといえる。また,原告の収入の大部分を占めるタクシー売上げだけを見ると,平成29年の年間売上げが835万9,970円であり,月額に換算すると,約69万6,664円となるが,平成30年1月から5月までの5ヶ月間のタクシー売上げは,361万8,180円であり,月額に換算すると,72万3,636円となるから,同期間のタクシー売上げは,前年の実績を若干上回るものであったと認められる。

 これに加えて,本件事故による原告の傷害が前記2(6)イの認定の程度にとどまり,しかも,本件事故後の治療期間中も原告がボウリングをしていたことにも照らすと,本件事故による傷害ないし治療に起因して,原告に売上げの減少及びそれによる所得の減少があったことは明らかでないというべきである。

エ よって,原告の休業損害は認められない。

(4)通院慰謝料
 前記2(6)イのとおり,原告が本件事故により頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷を負い,本件事故日(平成30年1月16日)から同年5月31日までの間(136日間),これに対する治療を受けたことが認められるところ,その傷害の内容及び程度,通院の期間及び回数(医療機関であるb整形外科につき5回。a整骨院につき79回。)等を総合すれば,原告の通院慰謝料は,66万円とするのが相当である。

(5)後遺障害慰謝料及び逸失利益
 前記2(6)アのとおり,原告が本件事故に起因する後遺障害を負ったものとは認められないから,後遺障害慰謝料及び逸失利益は認められない。

(6)小計
 前記(1)ないし(5)の合計額は,130万2,880円である。

(7)過失相殺
 本件事故についての原告の過失割合は,前記1のとおり,1割と認められるから,これを過失相殺として,前記(6)の額から控除すると,過失相殺後の残額は,117万2,592円となる。

(8)既払金
 前記(7)の残額から,争いのない既払金62万6,104円を控除すると,その残額は,54万6,488円となる。

(9)弁護士費用
 原告が訴訟代理人弁護士に委任して,本件訴訟を追行していることは当裁判所に顕著であるところ,本件事案の内容,難易及び損害額等の諸般の事情を考慮し,本件事故と因果関係のある弁護士費用として,6万円を認める。

(10)賠償額
 以上によれば,被告は,原告に対し,民法709条及び自賠法3条に基づき,60万6,488円及びこれに対する不法行為(本件事故)の日である平成30年1月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うものと認められる。

4 時機に後れた攻撃防御方法の却下の申立てについて

         (中略)



第四 結語
 以上のとおり,原告の請求は,主文第1項記載の金員の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
長野地方裁判所民事部 裁判官 足立拓人