カスタム自転車全損慰謝料10万円を認めた地裁判決紹介
○被告側は、原告自転車の各部品ごとの中古市場における平均価格を合計すると、せいぜい32万1411円程度であり、原告は、中古市場において損傷した原告自転車構成部品を取得することにより、原告自転車と同種同等の車両を取得することは可能であるから、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値は認められないと主張しました。
○これに対し、原告自転車の各部品価格の合計は45万3177円で、これに単一市場で部品を揃えられない不便や組立て作業に係る労力を加味すると、原告自転車の車両損害は50万円と評価し、慰謝料請求については、交通事故による財産上の損害(いわゆる物損)は、これが正当に評価されて損害として填補されれば、その被害は交通事故前の原状に復するというべきであるから、財産上の損害に伴って慰謝を要する精神的損害も合わせて生じたといえるためには、財産上の損害が正当に評価されて填補されたとしてもその被害が交通事故前の原状に復するとはいえない事情が必要であるとして、本件では10万円と評価するとした令和6年3月28日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。
○物損についての慰謝料請求は認められないのが原則ですが、本件は10万円の慰謝料を認めた珍しい判決として紹介します。
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主 文
1 被告は、原告に対し、70万円及びこれに対する令和4年8月14日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、223万2952円及びこれに対する令和4年8月14日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告の乗車、運転していたいわゆるカスタム自転車(以下「原告自転車」という。)が、停止後、被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)に衝突された事故により、原告自転車が損傷して回復不可能な損害を被ったとして、全損前提の車両損害102万9957円、慰謝料100万円及び弁護士費用20万2995円の合計223万2952円の損害賠償並びにこれに対する当該事故の日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(甲1及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 車両損害について
(1)本件事故によって原告自転車が物理的に修理が困難な程度に損傷したことは当事者間に争いがない。したがって、本件事故により、原告自転車は全損したものとして、同種同等の自転車を再調達するために合理的な相当の金額が車両損害として認められる。
この点、被害車両が中古自動車である場合には、広く中古自動車市場が存在することを前提に、その取引価格を、原則として、被害車両と同一の車種・年式・型、同程度の使用状態・走行距離等の自動車を当該市場において取得するのに要する価額によって定めるべきであるが(最高裁判所昭和49年4月15日第二小法廷判決・民集28巻3号385頁)、被害車両が中古自転車である場合にも、これと同様の前提が妥当する限りにおいて、同様に擬律すべきものと解される。
(2)証拠(甲4、5、16、17、乙1、原告本人。枝番号のある書証でこれを記載しないものは全ての枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、原告自転車は、TREK社製のDOMANE5.2の2015(平成27)年モデルを基礎に、原告において、年月をかけて、車体(フレーム)以外のリム、スポーク、ハブ、ステム、ペダル、バーテープ、変速機、カセット、クイックの各部品を、一部部品については限定品をも順次購入してカスタムされた一点ものであったと認められ、中古市場においてこれと同種同等の車両全体を再調達することは困難であるものと認められる。一方で、これらの部品は、部品ごとには概ね中古品市場が形成されているものとうかがわれるところ、そうであれば、その全損車両全体としての車両損害額は、不相応に過大とならない限り、同種同等の部品ごとの再調達に要する費用を合算した上、これに、単一の市場のみで部品を揃えられない不便や組立て作業に係る労力をも加味して、評価するのが相当である。
(3)そこで、上記の見地に立って、原告自転車と同種同等の部品の再調達に要する費用をみると、以下のとおりである。
ア 車体(フレーム) 13万2255円
(中略)
ケ クイック 5830円
本件に表れた証拠によっても、クイックについて中古品市場が形成されていることはうかがえないから、新品のクイックの調達が必要であると認める。被告の依拠する定価(甲17、乙1)と原告の依拠する定価(甲4)の採否は変速機と同様である。
(4)上記(3)の各部品価格の合計は45万3177円であり、この金額は不相応に過大であるとはいえない。これに単一市場で部品を揃えられない不便や組立て作業に係る労力を加味すると、原告自転車の車両損害は50万円と評価するのが相当である。
2 慰謝料について
(1)一般に、交通事故による財産上の損害(いわゆる物損)は、これが正当に評価されて損害として填補されれば、その被害は交通事故前の原状に復するというべきであるから、財産上の損害に伴って慰謝を要する精神的損害も合わせて生じたといえるためには、財産上の損害が正当に評価されて填補されたとしてもその被害が交通事故前の原状に復するとはいえない事情が必要であると解される(最高裁判所昭和42年4月27日第一小法廷判決・裁判集民事87号305頁、同平成9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁各参照)。
(2)これを本件についてみると、原告が慰謝料の発生原因として主張する事情のうち、
ア まず、原告自転車が部品ごとにカスタマイズした代替性のない車両であり、原告がこれに愛着を有していたことについては、上記1のとおり、部品ごとに、限定品や人気色であることも考慮して再調達の可能性等を十分吟味し、かつ、再組立てに要する労力等も加味して財産上の損害を評価した以上は、それが填補されたとしてもなお被害が現状に復し得ない事情であるとまではいえず、これをもって慰謝料の発生を肯認すべき事情に当たるとはいえない。
イ 次に、原告自転車への搭乗が原告の公私の生活上の一部となっていたため、原告自転車の損傷によって原告の生活の平穏が害されたとする点については、被害車両が自動車であった場合に代車の調達も困難であるようなときの生活被害に類するものということができ、再調達に要する財産上の損害が填補されるまで代車の調達をはじめ被害車両への搭乗に代わる代替手段の手当てすら困難であるような事情を要すると解される。ただし、財産上の損害が填補されるまで単に被害車両に搭乗できなかったというだけでは、財産上の損害が填補されるまでの遅延損害金に類する損害にとどまると解されるから、これと別に填補されるべき精神的損害が発生したとはいえない。
この点、証拠(甲2、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、芸能界に近い業界で事業を経営し、個性のある原告自転車をコミュニケーションツールとして利用することでその営業を円滑に進めていたなどの事情が存在したことが認められ、このような機能は、例えば個性のない一般的な自転車を代用で調達したのでは果たされないというべきであって、本件事故による原告自転車の全損に伴う財産上の損害が正当に評価されて填補されたとしても、その被害が交通事故前の原状に復するとはいえない事情に当たるといえる。
その被害を金銭をもって評価することは容易ではないが、本件事故後速やかに原告自転車と同種同等の部品の再調達を始めて必要な部品を揃え、組立て作業をしたとしても、その再製には、少なくとも数か月以上の相当期間を要すると考えられることや、原告自転車の損傷によって原告が参加できなくなった東京センチュリーライド(甲6)の参加費が1万円であったとうかがわれることなども考慮すると、上記の被害について10万円の慰謝料の発生を肯認すべき事情に当たるものと判断する。
ウ 最後に、本件事故後における被告側の対応として、本件保険会社のCと被告代理人である佐藤弁護士の侮辱的対応を指摘する点については、証拠(証人C、証人佐藤、原告本人)によれば、確かに、Cと佐藤弁護士は、原告における固有の事情を十分に汲むことなく、いささか形式的に一次的対応を行ったことがうかがわれるものの、そのような一次的対応は、言葉遣い等の点も含め、当不当の問題としてはともかく、法的に明らかに誤った説明をしたなどの違法な対応であったとまではいい難い。
そして、Cにおいては、交渉が困難な案件であるとして早期に佐藤弁護士に取り次いだものとうかがわれ、それ自体が不当な措置とはいえないし、佐藤弁護士において連絡当日の原告の事務所への来訪を拒んだ点も、直ちに調整が困難な場合もあり得るところであり違法な対応とはいえない。それに代えて佐藤弁護士が送付した文書(乙3)も、受領した原告としては、Cが提示した案よりも内容的に後退したとして、極めて拒絶的に捉えたことがうかがえるが、その文面は、提示額を超える支払は困難であるとはしているものの、不可能とまで謳うものではなく、原告においても法律家に相談するなどすれば、交渉の余地があるものと読解される可能性を残すものであったというべきである。
しかるところ、佐藤弁護士は、その後も時間を置いて、原告の携帯電話に架電したのに対し、原告側では知らない電話番号からの架電であったため受話しなかったという行き違いもあって、そのような交渉には至らなかったと考えられること(証人佐藤、原告本人)からすれば、佐藤弁護士において別の連絡先への連絡を試みるなどの代替的な方策が考えられてもよかったと解する余地はあるにしても、そのような行き違いについて、佐藤弁護士のみに一方的に帰責すべきものともいえない。
結局、これらの被告側の対応については、原告自身が、いわば早合点でその意味を臆断したことにより、自らその怒りをより拡げる方向に作用させてしまった側面も否定できず、いずれにしても、これらの被告側の対応が、慰謝料の発生を肯認すべきほどの違法性を帯びる対応であったとまではいい難い。
(3)以上によれば、本件については、上記(2)イの事情を考慮して、10万円の限度で慰謝料の発生を認めるのが相当である。
3 弁護士費用について
上記1の車両損害50万円と上記2の慰謝料10万円の合計60万円の請求を認容すべきことや、本件の立証の難易度その他一切の事情に照らすと、これを請求するための弁護士費用のうち10万円も、本件事故と相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。
4 結論
よって、原告の請求を上記1ないし3の合計70万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文、61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第27部 裁判官 平山馨