小松法律事務所

有職主婦の家事労働休業損害を否定した地裁判決紹介


○被告が普通乗用自動車を運転中、原告が運転していた普通乗用自動車に追突させた交通事故について、原告が、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い、これにより後遺障害が残存したと主張して、被告に対し、民法709条に基づき損害金及び遅延損害金の支払を求めました。

○原告は、保険会社の正社員として勤務し事故前年約543万円の年収を得ていましたが、休業損害について、原告は、本件事故により家事労働ができなくなったことから、症状固定の日までの間、主婦としての労働能力を平均して50%喪失したと主張しました。

○これに対し、正社員として勤務し収入を得ている主婦について、労働能力を一部でも喪失した場合には、通常、給与収入が減少することが想定され、これによって、通常、休業損害は評価し尽くされ、別途、主婦としての労働能力の喪失分についてまで休業損害とみることは、1人の人間の労働力を二重に評価することになるから相当でないとして、家事労働休業損害は認められないとした平成25年9月20日大分地裁判決(自保ジャーナル1921号42頁)関連部分を紹介します。


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主   文
1 被告は,原告に対し,197万2235円及びこれに対する平成23年1月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,それぞれ各自の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は,原告に対し,381万4436円及びこれに対する平成23年1月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は,被告が,普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)を運転中,原告が運転していた普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)に追突させた交通事故(以下「本件事故」という。)について,原告が,本件事故により頸椎捻挫等の傷害を負い,これにより後遺障害が残存したと主張して,被告に対し,民法709条に基づき,381万4436円及びこれに対する本件事故の日である平成23年1月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,文末の括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1)本件事故の発生
ア 発生日時 平成23年1月3日午後4時30分頃
イ 事故現場 大分市<以下略>C店先
ウ 被告車両 被告が運転していた自家用普通乗用自動車
エ 原告車両 原告が運転していた自家用普通乗用自動車
オ 事故態様 原告が原告車両を運転していたところ,後方から被告運転の被告車両が追突した。

(2)原告の入通院状況
ア 原告は,頭部打撲,胸腹部打撲,右膝打撲挫創,頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害により,平成23年1月3日から同年7月30日まで,D病院に通院した(実日数35日)。
イ 原告は,頸椎捻挫,右肩関節捻挫及び腰部捻挫の傷害により,平成23年1月21日から同年7月30日までE整骨院に通院した(実日数73日)。

3 争点及びこれに対する当事者の主な主張
 本件の争点は,原告に生じた損害である。
(原告の主張)
 本件事故により,原告は以下の(1)ないし(9)で述べるとおり,合計381万4436円の損害を被った。被告は,民法709条に基づき,これらの損害を賠償する義務を負う。
(1)治療費 102万9775円
ア 原告は,次のとおり,本件事故により通院し,治療費を負担した。
(ア)D病院 30万4125円
(イ)E整骨院 55万4150円
〔1〕平成23年1月~6月分 45万4420円
〔2〕平成23年7月分 9万9730円
(ウ)F薬局 17万1,500円

イ E整骨院への通院について
 被告は,E整骨院への通院について,必要かつ相当な通院とはいえないと主張する。
 しかし,原告は,D病院の医師の指示に基づいて,E整骨院に通院した。原告は,会社に通勤しながら,休日である土曜日等に通院していた。原告は、平成23年7月30日以降も,E整骨院に通院し,施術を受けている。なお,D病院にも,症状固定後も引き続き通院している。

 また,E整骨院への通院の直前に,被告の契約した保険会社であるG共済の担当者に許可を得ている。被告は,整骨院での施術費について,同意しているのであるから,全ての期間を支払うべきである。訴訟段階になって,この点を争うのは禁反言に反し許されない。 

         (中略)

(3)休業損害 110万7585円
ア 原告は,45歳の主婦であるが,本件事故により,料理も,洗濯物を干すこともできず,夫にしてもらっていた。主婦としての原告の年収は386万8600円(平成21年賃金センサス学歴計女子労働者45歳~49歳平均賃金)であり,主婦としての労働能力は平均して50%である。
【計算式】386万8600×209/365×1/2=110万7585

イ 有職の主婦の場合,勤務先の休業損害を請求せずに主婦休業損害の請求をすることは可能である。
 原告は,本件事故で負った傷害のため,右手で物を握りにくい,手足がしびれる,首や腰が痛むなどの症状から,料理,洗濯,掃除を行うことが困難であった。そのため,夫が家事を代わって行ったり,デリバリーで食事を手配したりしていた。
 したがって,主婦休業損害は発生している。

         (中略)

(11)合計 381万4436円

(被告の主張)
 原告の損害については,以下のとおり争う。
(1)治療費
ア D病院に係る治療費が30万4125円であること及びF薬局に係る治療費が17万1500円であることは認め,E整骨院に係る治療費が必要かつ相当な損害であることは争う。

イ E整骨院での施術は,本件事故と相当因果関係はない。したがって,その施術費及び施術期間の休業損害は事故と相当因果関係はなく,施術期間は慰謝料算定の基礎とはならない。
(ア)整骨院での施術については,原則として,施術を受けるにつき医師の指示を受けることが必要である。仮に,例外的に医師の指示がなくとも施術が認められる場合があるとしても,施術につき医師の指示の有無を問わず,〔1〕施術の必要性があること,〔2〕施術に有効性があること,〔3〕施術内容が合理的であること,〔4〕施術期間に相当性があること,〔5〕施術費が相当であること,を要する。
 しかし,本件では,医師の指示はなく,上記〔1〕ないし〔5〕の要件も満たしていない。

(イ)原告の整骨院での施術は,平成23年7月30日で打ち切られている。このことは,施術によって症状が改善されなかったこと,症状に応じた施術がなされていなかったことを意味する。また,原告は,本件事故から18日後の平成23年1月21日に施術を受け,平成23年3月から7月の間に,ほぼ2日に1回の割合の高頻度の施術を受けており,打撲・挫傷・捻挫については,数週間で治癒するとされていることに反する。

         (中略)

(3)休業損害
ア 休業期間を含めて事実関係については不知,損害額は争う。
 原告は,H保険会社α支社(物損担当)の正規社員として,本件事故後もほぼ毎日勤務していた。原告の収入は,平成22年度は542万9279円,平成23年度は558万3930円であり,原告が基準額として用いている年収額(386万8600円)を大幅に超える給与収入を取得している。また,本件事故による減収もなかった。
 そうすると,原告は,フルタイム勤務による現実の給与収入のほかに,家事労働分の収入を加算した金額を年収とし,それを休業損害及び逸失利益の算定基礎とすべきであると主張していることになるが,これでは原告の労働による収入を二重に評価計算することに帰するから相当ではない。具体的にいえば,現実の収入である542万9279円に,家事労働分としての382万1800円を加算し,合計925万1079円の収入があり,このうちの家事労働分に減収があったとして休業損害を請求していることになり,これでは社会通念に反する。
イ また,原告は,勤務先の仕事はできたのに,料理や洗濯物を干すことかできなかったというのは不合理である。

         (中略)

(7)既払金
 原告が,上記損害の填補として168万0045円を受領したことは認める。

(8)弁護士費用
 否認ないし争う。

第三 当裁判所の判断
1 被告が,本件事故により原告に生じた損害について,民法709条に基づき,賠償する義務を負うことは,当事者間に争いがない。

2 損害について
(1)治療費 47万5625円
ア 前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)原告は,平成23年1月3日,本件事故により,頭部打撲,胸腹部打撲,右膝打撲挫創,頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害を負い,D病院に救急搬送された。右膝打撲挫創については,傷口を縫合した。(原告本人)
(イ)原告は,平成23年1月3日から,同年7月30日まで,D病院に通院した。原告は,平成23年1月15日,D病院で,J医師(以下「J医師」という。)に縫合箇所の抜糸をしてもらい,同月18日,J医師に対し,血腫が出たという話をした。(原告本人)
 また,平成23年1月22日からは,K医師(以下「K医師」という。)が主に原告を担当するようになった(原告本人)。
(ウ)原告は,本件事故の前である平成22年12月頃から,ぎっくり腰の治療のため,E整骨院を受診していた。原告は,平成23年1月18日頃,整骨院を受診すれば治癒が早まるのではないかと考え,D病院の医師に,整骨院を受診したいと相談したところ,医師から特に止められたりはしなかったので,G共済の担当者に対し,本件事故による傷害の治療の目的で,E整骨院に受診することを報告した上で,E整骨院への通院を継続した。(原告本人)
(エ)K医師は,平成23年7月30日,症状固定と診断した。

イ 上記アの認定事実によれば,原告は,平成23年7月30日まで,本件事故による傷害の治療のため,D病院に通院したものと認められ,原告が,D病院に通院し,30万4,125円を支払ったこと,F薬局に17万1,500円を支払ったことは当事者間に争いがないから,処方された薬の代金も併せて,47万5,625円については,本件事故と相当因果関係を有する損害と認められる。

ウ 被告は,糖尿病の既往歴や,原告が本件事故当時マイコプラズマ肺炎に罹患していたことが治療期間を長期化させたと主張するが,上記の疾患の種類に照らし,本件事故による傷害の治癒に影響したとは認められない上,本件で提出された証拠によっても,上記の疾患のために原告の治療期間が長期化したことはうかがえない。

エ 原告は,平成23年1月18日に,K医師にリハビリの相談をし,整骨院での治療など,何か早く治る方法はないかと相談したところ,K医師は,あなたが知っている整骨院のほうが行きやすいでしょうから,そちらに行ったらどうですかと言われたから,K医師の指示に基づいて,E整骨院に通院したと主張し,本人尋問でも同様の供述をする。

 しかし,カルテ上,平成23年1月18日にK医師の診察を受けたことは認められず,K医師も,原告を初めて受診したのは平成23年1月22日であると回答しており,原告とK医師が上記の内容の会話をしたことを認めるに足りる証拠はない。また,原告の主張を前提としても,上記の会話内容は,医師が患者に治療方針について指示をしたと評価できるものではなく,患者である原告の希望について,医師が特段異議を述べることがなかったとみるのが相当である。

 また,原告は,E整骨院における治療によって,痛みが緩和され,治癒が早まったと供述するが,これを裏付ける医学的な根拠はない。
 そうすると,E整骨院における治療が必要かつ相当なものであったとはいえず,E整骨院の治療費については,本件事故と相当因果関係を有する損害とは認められない。

オ さらに,原告は,G共済の担当者の承諾を得て,E整骨院に通院し,平成23年6月分までは治療費も支払われているのに,訴訟段階になって治療の必要性等を争うのは禁反言の原則に反し,信義則上許されないと主張する。
 E整骨院への通院開始前に,G共済担当者が,平成23年6月末までの通院を認めたこと自体は,被告も認めており,平成23年6月分までの治療費について,G共済から支払われていることについても争いはない。

 しかし,原告がE整骨院への通院を開始することをG共済担当者に報告した際に,G共済担当者が,E整骨院における原告の治療費全額について,被告が負担すべき債務であることを前提に承諾したと認めるに足りる証拠はない。また,任意保険会社との示談交渉段階で,損害の内訳として治療費として認めたものを訴訟段階で否認したとしても,それが直ちに信義則違反となるものではなく,本件において,被告側に,禁反言に該当する事情の存在は認められない。

(2)通院費 2100円
 上記(1)のとおり,E整骨院への通院については,本件事故による傷害の治療のために必要であったとまでは認められないから,その通院費についても,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
 そして,本件事故による傷害の内容及び治療状況に照らし,D病院への通院費は,次の計算式によれば,2100円と認めるのが相当である。
【計算式】15円×2キロメートル×2×35日=2100円

(3)休業損害 認められない
 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,H保険会社で勤務しつつ,主婦として家事全般を行っていたこと,平成22年度の原告の給与収入は542万9279円であり,平成23年度の原告の給与収入は558万3930円であることが認められる。
 原告は,本件事故により家事労働ができなくなったことから,症状固定の日までの間,主婦としての労働能力を平均して50%喪失したと主張する。

 しかし,正社員として勤務し収入を得ている主婦について,労働能力を一部でも喪失した場合には,通常,給与収入が減少することが想定され,これによって,通常,休業損害は評価し尽くされるのであり,その場合に,別途,主婦としての労働能力の喪失分についてまで休業損害とみることは,1人の人間の労働力を二重に評価することになるから相当でない。本件では,本件事故により原告の給与が減少したことを認めるに足りる証拠はなく,また,原告が,家事代替労働力等を利用したために損害を被ったことを認めるに足りる証拠もない。
 したがって,休業損害については認められない。

(4)通院慰謝料 97万円
 原告の受傷状況や治療経過からすると,通院慰謝料としては97万円が相当である。

(5)めがね代及び駐車場代 8万7100円
ア めがね代 1万7300円
 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故により原告のめがねが破損し,その損害額としては,上記金額を認めるのが相当である。

イ 駐車場代 6万9800円
 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故前は徒歩で通勤していたものの,頭部打撲,胸腹部打撲,右膝打撲挫創,頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害を負い,疼痛やしびれが継続していたため,徒歩での通勤が困難になり,自動車で通勤していたこと,そのために駐車場代が必要となったことが認められる。
 そうすると,駐車場代についても,本件事故と相当因果関係のある損害であると認められる。

(6)後遺障害慰謝料 110万円
 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,頭部打撲,胸腹部打撲,右膝打撲挫創,頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害を負い,疼痛やしびれが継続していたため,D病院に通院していたこと,平成23年7月30日において,頭痛,頸部痛,腰痛,右上肢のしびれ感,右上肢痛,右膝打撲挫創及び右下肢のしびれ感が残存していたこと,K医師は,これ以上改善の見込みはほとんどないと判断して,同日を症状固定日としたことが認められる。また,頸部画像及び腰部画像には変性所見が認められるとされている。

 そうすると,原告の後遺障害としては,局部に神経症状を残すものであり,後遺障害等級14級と認めるのが相当であるから,その後遺障害慰謝料は110万円が相当である。

(7)後遺障害逸失利益 83万7455円
 上記(6)のとおり,原告には後遺障害が存在すると認められる。そして,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告の収入については,本件事故前から減少してはいないものの,これは,原告の努力及び勤務先における配慮によるところが大きいものと認められる。そして,後遺障害の程度に照らせば,労働能力の喪失率は5%とするのが相当であり,少なくとも5年間は残存するものと認められる。
 したがって,次の計算式により,原告の主張する範囲内で,後遺障害逸失利益は83万7455円が相当である。
【計算式】386万8600×0.05×4.3295=83万7455(1円未満切捨て)

(8)損害の填補 168万45円
 原告の損害について,合計168万45円が支払われたことについては,当事者間に争いがない。

(9)小計 179万2235円

(10)弁護士費用 18万円
 上記認容額その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用として18万円を認めるのが相当である。

(11)合計 197万2235円

3 結論
 以上によれば,原告の請求は,被告に対し,197万2235円及びこれに対する本件事故の日である平成23年1月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,仮執行免脱宣言については,相当ではないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。
大分地方裁判所民事第2部 裁判官 能宗美和