小松法律事務所

後遺障害自賠責非該当認定を実質12級認定した地裁判決紹介


○原告の運転する自動車(原告車両)と被告の運転する自動車(被告車両)が交差点において衝突した事故に関し、原告が、本件事故によって負傷し、自賠責後遺障害認定は非該当であったところ、労働能力喪失率14%(12級相当)の後遺障害も残存したとして、被告に対し、民法709条に基づき、約3331万円の損害賠償を求めました。

○自賠責認定は、右肩関節の機能障害については,〔1〕提出の画像上,当該部位に本件事故による骨折,脱臼や明らかな右肩腱板損傷等の器質的損傷が認め難いこと,〔2〕関節可動域制限の原因となる客観的な医学的所見に乏しいことから,自賠責保険における後遺障害には該当しないというものでした。

○これに対し、原告は本件事故により右肩腱板損傷の傷害を負い、それが原因となって右肩痛、上肢の筋力低下及び肩関節可動域制限といった後遺症が残存しており、その可動域制限の程度(後遺障害診断書によれば、右肩の屈曲の自動値並びに外転の自動値及び他動値はいずれも健側(左肩)の2分の1以下に制限されている。)のほか、この後遺症が獣医師としての外科的治療に具体的に支障を生じさせていることや、原告の経営する動物病院の売上を見ても、本件事故後に一般診療に係る分が減少していること(平成26年:2109万7289円、平成27年:1518万4093円、平成28年:1254万5469円、平成29年:1181万3325円)を踏まえると、労働能力喪失率は14%を下らないと認められるとして、原告の請求の内約2680万円を損害と認定した令和2年5月28日横浜地裁判決(自保ジャーナル2074号33頁)関連部分を紹介します。

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主   文
1 被告は,原告に対し,2,680万1,833円及びこれに対する平成26年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その4を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

 被告は,原告に対し,3,331万0,838円及びこれに対する平成26年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
本件は,原告の運転する自動車(以下「原告車両」という。)と被告の運転する自動車(以下「被告車両」という。)が交差点において衝突した事故(以下「本件事故」という。)に関し,原告が,本件事故によって負傷し,後遺障害も残存したとして,被告に対し,民法709条に基づき,損害賠償金3,331万0,838円とこれに対する本件事故日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実

         (中略)

(4)後遺障害診断
 c大学医療センター(以下「c医療センター」という。)の整形外科の医師は,平成29年5月28日,以下の内容の後遺障害診断書を発行した。
 診断日 平成29年5月11日
 症状固定日 同日
 傷病名 右外傷性肩腱板損傷,肩関節唇損傷
 自覚症状 右肩痛,上肢の筋力低下,肩関節可動域制限

(5)自賠責による後遺障害等級認定
ア 結論
 非該当
イ 理由の要旨
 右肩関節挫傷後の右肩痛,上肢の筋力低下について,〔1〕提出の画像上,本件事故による骨折,脱臼や明らかな右肩腱板損傷等の器質的損傷が認め難いこと,〔2〕b整形外科クリニックからの医療照会回答書に,初診時における外傷所見「内出血無し,腫脹は無し」,検査所見「画像では骨折を認めませんでした。神経学的所見は無し」とあり,上記症状を裏付ける医学的所見に乏しいこと,〔3〕平成27年6月10日から同年11月15日まで約5ヶ月間の治療中断があることなどを勘案すると,自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断される。
 また,右肩関節の機能障害については,〔1〕提出の画像上,当該部位に本件事故による骨折,脱臼や明らかな右肩腱板損傷等の器質的損傷が認め難いこと,〔2〕関節可動域制限の原因となる客観的な医学的所見に乏しいことから,自賠責保険における後遺障害には該当しないと判断される。

2 争点及び当事者の主張

         (中略)

第三 争点に対する判断
1 争点〔1〕(受傷内容及び後遺障害の有無)について
(1)認定事実


         (中略)

(3)検討
ア 本件事故による右肩腱板損傷の受傷の有無について

(ア)原告は,本件事故から約2年が経過した後に実施されたMRI検査と造影検査の結果を踏まえて,c医療センターの医師から右肩腱板損傷との診断を受けているところ(上記(1)認定事実エ(ア)),これが本件事故によるものといえるかが争われている。

(イ)そこで検討するに,上記(1)認定事実アのとおり,本件事故により,原告車両は前面が原型をとどめないほどに損傷しており,エアバッグも開いていることから,事故の衝撃は相当なものであったとうかがわれるところ,衝突の際の衝撃がハンドルを握っていた右手を通じて右肩に伝わり,あるいは,エアバッグが開いた際の衝撃で右肩を座席シートにぶつけるなどして,右肩に大きな負荷がかかったことは容易に推認でき,本件事故による右肩腱板損傷の受傷機転を想定することができる。

 また,C医師は,上記(1)認定事実ウ(ア)のとおり,初診の際に,原告を裸にした上での視診と触診を行い,棘上筋付着部に強い圧痛を認めたことなどを踏まえて,右肩腱板損傷との診断をしているところ,同診断方法は,腱板損傷の基本的な診断手法に沿うものであり(上記(2)エ),MRIや造影撮影といった精度の高い所見の得られる検査が実施されていないことや,ドロップアームサインの確認をしていないことを踏まえても,その診断に十分な医学的根拠を認めることができる。

 さらに,原告は,上記(1)認定事実ウ(カ)のとおり,本件事故後,腱板損傷の症状(上記(2)ウ)である肩の自発痛や疼痛による動きの悪さをC医師に終始訴えているところ,その通院経過をみると,原告は,上記(1)認定事実ウ(イ)のとおり,平成27年6月9日までは継続的にbクリニックへの通院を続け,翌日から約5ヶ月間の通院中断があるが,上記(1)認定事実ウ(ウ)のとおり,被告の任意保険会社が一括対応を停止した中でC医師から200%の自己負担になるといわれたという事情が影響しているものであって合理的根拠があり,その後,上記(1)認定事実ウ(エ)のとおりbクリニックへの自費での通院を再開するとともに,上記(1)認定事実エ及びオのとおり,症状の改善を求めてc医療センターやd病院への通院も行っており,上記の症状の訴えに沿う通院を続けているといえる。

 以上の事情によれば,原告が本件事故によって右肩の腱板損傷の傷害を負ったものと十分に認め得るところである。

(ウ)これに対し,被告は,本件事故による右肩腱板損傷の受傷を否定する事情として,〔1〕本件事故当日のa病院でのレントゲン検査やCT検査の画像において腱板損傷をうかがわせる所見がないこと,〔2〕本件事故当日の同病院での所見において,各関節に異常がなく,ドロップアームサインやペインフルアークも確認されていないこと,〔3〕本件事故当日に同病院において肩関節を90度挙上する上肢バレー試験を行っていること,〔4〕bクリニックの医療記録には,初診日に可動域制限について何らの記載がないこと,〔5〕平成27年3月3日には右肩関節の可動域が正常まで回復していること,〔6〕右肩腱板損傷が経年性であることをうかがわせる画像所見があることを主張する。

 しかしながら,〔1〕の点は,そもそも腱板損傷の所見はレントゲン検査やCT検査によっては直接に得られないとされているから(上記(2)エ)腱板損傷の発症を否定し得る事情にならない(なお、被告は,腱板が断裂している場合には上腕骨頭が上に位置する所見が得られると主張するが,原告の腱板損傷は不全断裂と考えられるから,そのような所見が得られないからといって腱板損傷が否定されるわけでもない。)。

 次に,〔2〕の点については,原告が本件事故当日に搬送されたa病院では救急科が対応しており,応急的な処置や生死に関わるような身体的損傷の有無の確認が中心的に行われる中で,肩関節の具体的な傷病名の診断を目的とした検査や診察まではしていないものと考えられることからすると,整形外科的観点から肩関節の異常の有無を確認したかについては疑問があり,ドロップアームサインやペインフルアークについてはその有無の確認自体が行われていないものとうかがわれる。

また,〔3〕の点についても,上肢バレー試験(上肢を挙上して軽度麻痺による病側上肢の落下を見る神経学的検査)は,救急的観点から数々の検査を行う過程で補助をするなどして腕を挙上させて行った可能性が否定できない。 

 さらに,〔4〕の点については,たしかに,bクリニックの医療記録には可動域制限に関する記載が乏しいが,そもそも所見をどこまで詳細に医療記録に残すかについては医師によって個性があるところであり,実際に,同クリニックの医療記録(手書き)の内容は極めて簡略なものであることからすると,本件の場合,可動域についての記載がないことをもって,可動域制限がなかったと推認することもできない。


 続いて,〔5〕の点については,一般に外傷性の腱板損傷は1度よくなった可動域が再度悪くなることは考えにくいとされていること(上記(2)オ)からすると,平成27年3月3日には右肩関節の可動域が正常まで回復しているという点(上記(1)認定事実ウ(イ))は,本件事故による右肩腱板損傷の発症を否定する強い事情になり得るものであるが,本件の場合,上記(1)認定事実ウ(ウ)のとおり,その後にbクリニックでの治療が約5ヶ月中断したという事情があり,残存する痛みを我慢し続け,あるいは,痛みがある中で稼働を行ったために(なお,治療中断については原告に不合理な事情があったわけではない。),腱板損傷から生ずる疼痛を原因として拘縮肩(あるいは凍結肩)が発症し,再び可動域制限が悪化したものと考えることができる。

 そのほか,〔6〕の点については,原告の右肩の腱板損傷が経年性であることを指摘しているのはそもそも被告側が検討を依頼した医師のみであり,説得力を有するものとはいい難い。

(エ)以上によれば,本件事故による腱板損傷の発症を認め得る十分な事情がある一方で(上記(イ)),被告が主張する事情はこれを覆すに足りるものとはいえないから(上記(ウ)),原告には,本件事故により,右肩の腱板損傷の傷害が生じたものと認めることができる。

イ 関節唇損傷の発症の有無
 以上に対し,同じく後遺障害診断書にある関節唇損傷については,bクリニックにおいて診断されているわけではなく,C医師の証言においても特に言及がない上に,同傷病の知見に関する証拠も乏しいことから,本件事故による同傷害の受傷はこれを認めることができない。

ウ 後遺障害について
 上記アのとおり,原告は本件事故によって右肩腱板損傷の傷害を負ったと認められ,後遺障害診断書(前記前提事実(4),上記(1)認定事実エ(イ))にある右肩痛,上肢の筋力低下及び肩関節可動域制限といった後遺障害の残存も認めることができる。

2 争点〔2〕(損害額)について

         (中略)

オ 休業損害 118万7,139円
(ア)原告は,通院日も含めて本件事故後も動物病院を開院し続けており,通院に要した時間は2,3時間程度であったということを踏まえると,通院日(合計67日)につき,50%の休業割合を認めるのが相当である。

(イ)基礎収入額は,本件事故前年の青色申告を前提に,売上金額(4,681万1,127円)から売上原価(561万6,286円)を控除するほか,さらに,本件事故後も動物病院を開院し続けていることから固定経費(合計2,826万0,168円)も控除することとし,年額1,293万4,673円(日額3万5,437円)とするのが相当である(被告の主張を採用する。)。

(ウ)計算式
3万5,437円×67日×50%=118万7,139円

カ 後遺障害逸失利益 1,844万7,906円
(ア)基礎収入
 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,原告の基礎収入額は年額1,057万3,635円を下らないと認められる。

(イ)労働能力喪失率
 上記1で検討したとおり,原告は本件事故により右肩腱板損傷の傷害を負い,それが原因となって右肩痛,上肢の筋力低下及び肩関節可動域制限といった後遺症が残存しているところ,その可動域制限の程度(後遺障害診断書によれば,右肩の屈曲の自動値並びに外転の自動値及び他動値はいずれも健側(左肩)の2分の1以下に制限されている。)のほか,上記の後遺症が獣医師としての外科的治療に具体的に支障を生じさせていることや,原告の経営する動物病院の売上を見ても,本件事故後に一般診療に係る分が減少していること(平成26年:2,109万7,289円,平成27年:1,518万4,093円,平成28年:1,254万5,469円,平成29年:1,181万3,325円)を踏まえると,労働能力喪失率は14%を下らないと認められる。

(ウ)労働能力喪失期間
 症状固定時(47歳)から67歳までの20年間(ライプニッツ係数:12.4622)

(エ)計算式
1,057万3,635円×14%×12.4622=1,844万7,906円

キ 通院慰謝料 154万円
 相当な治療期間は上記のとおり後遺障害診断書において症状固定日とされた平成29年5月11日までとなるが,bクリニックへの通院の中断後は通院頻度が著しく低くなっていることから,1年間の通院期間を前提に算定することとし,154万円を相当と認める。

ク 後遺障害慰謝料 290万円
 後遺症の内容や程度を踏まえると,上記金額を下らない。

ケ 小計〔1〕(上記アないしクの合計) 2,496万8,623円
 被告の任意保険による損害の填補 ▲60万3,320円

サ 小計〔2〕(上記ケからコを控除) 2,436万5,303円

シ 弁護士費用 243万6,530円
 上記サの1割相当額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

ス 総計(上記サ及びシの合計) 2,680万1,833円

(2)まとめ
 以上によれば,原告は,被告に対し,損害金合計2,680万1,833円と,これに対する本件事故日である平成26年11月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第四 結論
 よって,原告の請求は主文の限度で理由があるから認容し,その余の請求は棄却することとして,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第6民事部 裁判官 郡司英明