小松法律事務所

逸失利益全体から遺族受領死亡退職手当全額控除を否認した高裁判決紹介


○「逸失利益全体から遺族受領死亡退職手当全額控除を認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審の平成30年1月25日高松高裁判決(判時2520号30頁)関連部分を紹介します。

○原審判決は、給与逸失利益全体5045万円の法定相続分相当額3363万円と定年退職手当逸失利益543万円の合計3906万円から、控訴人(原審原告)妻がAの勤務先B市から受領した受領した死亡退職手当約700万円を、認定された原告妻分の定年退職手当逸失利益543万円を上回っているにも拘わらず、定年退職手当逸失利益と死亡退職手当逸失利益合計額3906万円全体から700万円の控除を認めました。

○これに対し、高松高裁は、退職手当逸失利益それ自体は、給与逸失利益など他の損害費目と等質性を有するものとはいえず費目を超えて損益相殺すべき合理性を有するとはいえないので、退職手当逸失利益が現に受領した退職手当額を下回る場合であっても、これを他の費目から控除することは許されないとしました。

○死亡退職金約700万円を受領済みですので、定年退職手当逸失利益は損害として発生しておらず、訴状に損害として計上せず、また既払金として受領済み死亡退職金を挙げなければこのような問題は発生しません。訴え提起後に予想以上の死亡退職金が支払われたのかも知れません。だとすれば損害から定年退職手当逸失利益分を取り下げれば、受領した死亡退職金も触れなければ良いだけと思われます。

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主   文
1 本件控訴に基づき、原判決中、甲事件に関する部分(原判決主文第1項及び第3項の控訴人に関する部分)を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人に対し、3815万6094円及びうち3469万6094円に対する平成28年1月23日から、うち346万円に対する平成27年9月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1・2審を通じてこれを5分し、その3を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。
4 この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨

(1)原判決中、甲事件に関する部分を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は、控訴人に対し、6278万5197円及びうち5708万5197円に対する平成28年1月23日から、うち570万円に対する平成27年9月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 附帯控訴の趣旨
 原判決中、甲事件に関する部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人に対し、3011万8094円を支払え。
(2)控訴人のその余の請求を棄却する。

第2 事案の概要
1 事案の要旨

(1)本件は、被控訴人の運転する普通乗用自動車が歩行者である亡A(以下「A」という。)に衝突し、Aが死亡するに至った交通事故(以下「本件事故」という。)について、
〔1〕Aの妻であり相続人である控訴人が、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償請求権又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、損害金合計6278万5197円及びうち弁護士費用を除く損害金5708万5197円に対する自賠責保険金支払日の翌日である平成28年1月23日から、うち弁護士費用570万円に対する不法行為の日(本件事故日)である平成27年9月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案(甲事件)との
〔2〕Aの両親であるC及びDが、被控訴人に対し、同様に、不法行為による損害賠償請求権又は自賠法3条に基づき、損害金合計各1698万6982円及びうち弁護士費用を除く損害金各1544万6982円に対する自賠責保険金支払日の翌日である平成28年6月10日から、うち弁護士費用各154万円に対する不法行為の日(本件事故日)である平成27年9月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案(乙事件)である。

(2)原審は、甲事件につき、3564万7623円(うち弁護士費用324万円)及び附帯請求の限度で認容し、その余は棄却し、乙事件につき、各1142万9908円(うち弁護士費用各103万円)及び附帯請求の限度で認容し、その余は棄却した。
 甲事件につき、控訴人は、原判決を不服とし、請求額全額認容を求めて控訴し、被控訴人は、原判決中、3011万8094円を超える部分を不服として、その部分の取消しと棄却を求めて附帯控訴した。
 なお、乙事件については、当事者のいずれからも控訴がなく確定した。

2 前提事実

         (中略)

第4 当裁判所の裁判
1 葬儀関連費用等(控訴人の固有の損害)について


         (中略)

3 退職手当の逸失利益(被相続人であるAの損害)(損益相殺に関する判断を含む。)について。
(1)退職手当の逸失利益の額について
 原判決を引用した前提事実によると、控訴人は、大学を卒業して1年後の平成11年4月から本件事故当時まで約16年6か月にわたってB市役所に勤務し、係長の地位にあったのであるから、Aには、60歳の定年退職時まで今後19年間勤務を継続して、定年退職手当を受ける蓋然性が認められる。

 そして、その額は、Aが60歳(本件事故の19年後)まで在職したとすればそのとき受領すると見込まれる退職手当試算額は2058万4257円であり(前記前提事実)、その現在価値は、19年分の中間利息を控除(年5分複利による割引現在価値算出のため0・3957を乗じる。)した814万5190円(円未満四捨五入、以下同じ)であると認められる。

(2)退職手当の逸失利益の控訴人の相続分について
 上記の退職手当の逸失利益のうち、控訴人の相続分は、543万0127円(814万5190円に法定相続分である3分の2を乗じたもの。)になる。

(3)受領した死亡退職手当との損益相殺について
ア 原判決を引用した前提事実によれば、控訴人は、B市から、香川県市町総合事務組合退職手当条例に基づいて、死亡退職手当700万9189円を受領したものである。
 そして、支払済みの死亡退職手当は、本件事故によるAの死亡を原因として支給されたものであるから、損益相殺の対象であり、同手当の支払を受けた控訴人の損害賠償債権のみから控除するのが相当である(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1379頁参照)。

イ そして、退職手当の逸失利益の控訴人の相続分は、前記(2)のとおり、543万0127円であるが、これは、控訴人が現に受領した死亡退職手当700万9189円を下回っているから、損益相殺により、控訴人は、Aの退職手当逸失利益を請求することはできないものと解される。

ウ 被控訴人は、死亡退職手当の損益相殺の対象となる控訴人が取得する損害賠償債権の費目は、Aの退職手当逸失利益の相続分のみならず、給与逸失利益の相続分も含まれると主張している。

 しかしながら、
〔1〕現実に受領した退職手当は、本件事故による損害の填補を目的としたものではないから、本来的に損害額から控除されるべき給付ではなく、あくまで将来の退職手当相当額を損害として請求された場合にのみ、現実の給付との二重利得を避ける観点から考慮すべきものであって、退職手当逸失利益それ自体は、給与逸失利益など他の損害費目と等質性を有するものとはいえないから、費目を超えて損益相殺すべき合理性を有するとはいえないこと、
〔2〕損害賠償請求訴訟の実務において、将来の退職手当相当額が(現に受給された退職手当を控除した上で)請求されるかどうかは一律でなく、これが請求されない場合には、現に支給された退職手当と将来受給すべき退職手当の割引現在価値との多寡が問題とされることはないのが通常であるところ、このような状況において、将来の退職手当の請求を選択した者のみがその請求を認められない以上の不利益を被ることは不合理であることなどからすると、退職手当逸失利益が現に受領した退職手当額を下回る場合であっても、これを他の費目から控除することは許されないと解するのが相当である。


4 Aの死亡慰謝料(傷害慰謝料を含む。)、控訴人固有の慰謝料額等について

         (中略)

5 まとめ
(1)控訴人の損害額は、上記1の合計5万6700円、上記2の法定相続分3363万7968円、上記4のAの慰謝料の法定相続分と控訴人固有の慰謝料合計1933万3333円の合計5302万8001円である。

(2)控訴人は、平成28年1月22日、本件事故の自賠責保険金として1934万1181円を受領した(引用に係る前提事実(4)ア)ところ、これは同日までの遅延損害金100万9274円及び元金の一部に充当されるから、その残額は、3469万6094円となる(別紙計算書のとおり)。

(3)本件事案の内容、難易度、認容額、その他本件の諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の額は、346万円と認めるのが相当である。

(4)そうすると、控訴人の本訴請求は、3815万6094円及びうち3469万6094円に対する平成28年1月23日から、うち346万円に対する平成27年9月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がない。

6 結論
 以上によれば、本件控訴に基づき、原判決中、甲事件に関する部分につき上記5の結論と一部異なる部分を上記5の趣旨に変更し、本件附帯控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 松阿彌隆 横地大輔)