小松法律事務所

治療期間について被害者主張を認めた地裁判決紹介


○「事故後の加害者の被害者への暴言で慰謝料増額を認めた地裁判決紹介」の続きで、同じ令和3年7月21日名古屋地裁判決(自保ジャーナル2108号130頁)の治療期間の争いについて判断した部分を紹介します。

○保険会社は、治療期間について、例えば被害者が事故の治療期間を7ヶ月と主張しても、その程度の事故であれば相当な治療期間はせいぜい3ヶ月程度で、それを超える治療期間は事故と相当因果関係はないと主張することがよくあります。本件では、平成30年11月28日の自動車と歩行者の接触事故で、原告被害者は右肘挫傷、左下腿挫傷で翌令和元年6月11日まで6ヶ月半の通院期間を主張しました。これに対し被告加害者は、d整形外科クリニックにおける2回目以降の通院は,初回の通院から2ヶ月以上が経過しており,本件との因果関係がないと主張しました。

○判決は、被告は、平成31年2月15日以降の通院は本件事故との因果関係がないと主張するが、通院の中断は医師の指示によるものであり、医師は中断前後の治療は連続性があるものと判断していること、原告は中断期間中も医師の指示に基づき湿布を貼って安静にしていたことなどが認められ、自賠責保険も令和元年6月26日の通院まで因果関係を認めていることもあわせ考えれば、被告の主張は採用できないとして原告の主張を認めました。

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主   文
1 被告は,原告に対し,87万3,478円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求の趣旨

 被告は,原告に対し,119万6,661円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
1 本件は,被告が運転する自家用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が歩行者である原告に衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)に関し,原告が,被告に対し,民法709条に基づき,損害金119万6,661円及びこれに対する不法行為の日の後であり,自賠責保険金の最終支払日の翌日である令和2年3月28日から支払済みまで民法(ただし,平成29年法律第44号による改正前のもの。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実
(1)当事者等
ア 原告(昭和39年○○月○○日生。男性)は,平成30年11月28日午前0時40分頃,名古屋市<以下略>先道路(以下「本件道路」)という。)を南向きに歩行していた。
イ 被告(昭和12年○○月○○日生。男性)は,自家用普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して,本件道路を北進していた。
 被告は,本件事故当時,被告車について自賠責保険には加入していたが,任意保険には加入していなかった。
ウ 原告と被告との間で,上記日時ころ,本件道路上で,原告と被告車とが接触したかについて争いとなり,後記のとおり,原告が警察に通報した(原告は後記のとおり,原告と被告車とが接触した事故が発生したと主張しており,以下これを「本件事故」という。)。

(2)本件事故現場の状況
 本件事故現場は東西を走る名古屋市道a線(以下「本件市道」という。)に接続する片側1車線の北進一方通行路である本件道路上である。本件道路の幅員は,外側線から左右両側端まで各1.2メートル,車道2.8メートルの合計5.2メートルであり,歩車道の区別はない。
 本件道路と本件市道の交差点の南西角にはb店の駐車場があり,同駐車場と上記市道との間には,幅員7.3メートルの歩道が設置されている。上記交差点を左折すると,信号機により交通整理の行われているc交差点がある。

(3)被告車両の状況
ア 被告車両は,紺色の自家用普通乗用自動車である。車長は3.39メートル,車幅は1.47メートル,車高は1.6メートルである。
イ 本件事故後の被告車両の右ドアミラーの中央部やや下には指の跡(払拭痕)が認められる。右運転席ドアには,右ドアミラーの下部に払拭痕が認められる。右後部ピラー部には払拭痕が認められる。

(4)原告の通院状況等
ア 原告は,本件事故後の平成30年11月28日,d整形外科クリニックに通院し,右肘挫傷,左下腿挫傷の傷害を負ったとして,同日より今後2週間の安静加療を要する見込み,と診断された。
イ 原告は,e薬局で,平成30年11月28日に1万1,584円,平成31年1月11日に1万1,267円を支払って湿布を購入した。
ウ 原告は,平成31年1月24日から同年2月14日までの間,f接骨院に合計5日間通院し,右肘部打撲,左下腿部挫傷等の傷害について,施術を受けた。
エ 原告は,平成31年2月15日までd整形外科クリニックへの通院を中断し,同日以後同院への通院を再開し,令和元年6月11日まで合計32日同院に通院した。
オ 原告は,g薬局で,d整形外科クリニックで発行された処方箋に基づき,平成31年2月に530円,同年4月に640円の薬剤費を負担した。

(5)自賠責保険金の支払
 原告は,自賠責保険金として,令和元年12月11日に2万6,613円を,令和2年3月27日に33万0,437円を受領した。


(中略)

3 争点及び争点についての当事者の主張
(1)本件交通事故の発生,被告の不法行為責任

(中略)

(3)原告の損害
【原告の主張】
ア 原告は,本件事故の際,右肘が被告車と直接衝突し,転倒しまいと反対側の左足を踏ん張り,右肘部挫傷,左下腿部挫傷の傷害を負った。
イ 通院経過は以下のとおりである。
(ア)d整形外科クリニック
 平成30年11月28日から令和元年6月26日まで(実通院日数32日)
 なお,原告は,平成30年11月28日に同院を受診した後,平成31年1月23日まで医療機関には通院しておらず,下記のとおり同月24日からf接骨院への通院を開始し,同年2月15日からd整形外科クリニックへの通院を再開した。これは,左下腿部の腫脹が強く,腫脹が改善したらマッサージを開始する,という同院のC医師の指示によるものである。原告は,腫脹が改善するまで安静に過ごしつつ湿布薬による治療に努め,概ね腫脹が改善してからf接骨院への通院を開始し,d整形外科クリニックへの通院を再開した。

(イ)f接骨院
 平成31年1月24日から同年2月14日まで(実通院日数5日)

(中略)

【被告の主張】
ア 本件事故が発生したとの事実はないため,本件と因果関係のある治療費はない。
イ 仮に,本件事故が発生したとしても,以下については損害と認めない。
(ア)治療費及び通院交通費
 d整形外科クリニックにおける2回目以降の通院は,初回の通院から2ヶ月以上が経過しており,本件との因果関係がない。また,f接骨院への通院については,医師による指導がされた形跡はみられず,損害としては認められない。g薬局での購入,e薬局における湿布の購入も,損害として認められない。

(中略)

第三 当裁判所の判断
1 認定事実


(中略)

4 争点(3)(原告の傷害及び損害)について
(1)上記2(3)での認定説示のとおり,本件事故により原告の右肘と被告車両が接触し,転倒を避けるために原告が左足を踏ん張ったことが認められる。この点に加え,前記認定事実記載の通院状況等によれば,原告は本件事故により右肘挫傷及び左下腿部挫傷の傷害を負ったこと,両部位の治療のため,通院の中断期間を含め,平成30年11月28日から令和元年6月26日まで通院したことが認められる。以上によれば,原告は,本件事故により,右肘挫傷及び左下腿部挫傷の傷害を負って同日まで通院し,その間の治療について相当因果関係があると認められる。

 被告は,平成31年2月15日以降の通院は本件事故との因果関係がないと主張するが,前記認定事実によれば,通院の中断は医師の指示によるものであり,医師は中断前後の治療は連続性があるものと判断していること,原告は中断期間中も医師の指示に基づき湿布を貼って安静にしていたことなどが認められ,自賠責保険も令和元年6月26日の通院まで因果関係を認めていることもあわせ考えれば,被告の主張は採用できない。

(2)以上を踏まえ,本件事故と相当因果関係が認められる原告の損害は,以下のとおりである。

(中略)

キ 自賠責保険金の充当後の残額
(ア)前提事実(5)のとおり,原告は,自賠責保険金として,令和元年12月11日に2万6,613円を,令和2年3月27日に33万0,437円を受領した。
(イ)令和元年12月11日の2万6,613円の支払までの確定遅延損害金は,5万6,006円(=107万8,745円×5%×(1+14
365))であり,同自賠責保険金は全額がこれに充当され,残確定遅延損害金額は2万9,393円である。
 令和2年3月27日の33万0、437円の支払までの確定遅延損害金は1万5,777円(=107万8,745円×5%×(20/365+87/366))であり,確定遅延損害金の合計額は4万5,710円であり,上記自賠責保険金は,まずこれに充当され,残額28万5,267円(=33万0,437円-4万5,710円)が元金に充当される。 
 したがって,自賠責保険金充当後の残元金額は79万3,478円である。
ク 弁護士費用 8万円
 本件事案の内容,損害額を踏まえると,相当な弁護士費用は8万円である。
ケ 合計 87万3,478円

第四 結論
 以上によれば,原告の請求は,87万3,478円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第3部 裁判官 前田亮利