小松法律事務所

非接触事故での損害賠償請求を全部棄却した高裁判決紹介


○「非接触事故での損害賠償請求を一部認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和3年3月23日東京高裁判決(自保ジャーナル2116号112頁)関連部分を紹介します。

○1審原告が、本件事故によって、頸椎捻挫、左関節打撲傷、背部打撲傷及び左肩腱板断裂の傷害を受け、後遺障害が残った旨主張して、1審被告に対し、民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき、約1209万円の損害賠償を求めたところ、原審は1審原告の請求のうち約60万円を認容していました。

○しかし控訴審では、1審原告が、本件事故によって傷害を負ったとは認められないなどとして、原判決の1審被告敗訴部分を取消し、1審原告の請求を棄却しました。1審で画期的な判決が出されても、控訴審で覆されることは良くあります。本件では、ボウリングは,重いボールを投げる際に左腕でバランスをとる等全身を使う動作であるから,左肩に強い痛みがある状態では,これをすることは容易でないはずなのに、原告が本件事故直後からボウリングをし,ボウリング大会にも出場していたことなどが、原告に不利に働いたようです。

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主   文
1 1審被告の控訴に基づき,原判決主文1項を取り消す。
2 前項の部分につき,1審原告の請求を棄却する。
3 1審原告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第1,2審とも1審原告の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求める裁判

1 1審被告
 主文1項及び2項と同旨

2 1審原告
(1)原判決中1審原告敗訴部分を取り消す。
(2)1審被告は,1審原告に対し,更に1,148万6,131円及びこれに対する平成30年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要等(以下,略称は基本的に原判決のそれによる。)
1 事案の概要

(1)当事者
 1審原告は,後記(2)の本件事故当時,57歳で,事業用普通自動車を運転していたタクシードライバーの男性である。1審原告は,プロボウラーとしてボウリングのインストラクターの資格を持ち,ボウリング用品店を経営する者である。
 1審被告は,後記(2)の本件事故当時,72歳で,自家用普通貨物自動車を運転していた女性である。

(2)非接触による交通事故の発生
 平成30年1月16日午後0時2分頃,長野市<以下略>先の交通整理の行われていない十字路交差点(本件交差点)において,1審原告の運転する事業用普通自動車(1審原告車両)が,α方面からβ方面に通じる優先道路(本件道路)を南から北に向けて進行して,本件交差点に差し掛かった際,本件交差点で本件道路と交差する道路(交差道路)を左(西)方から進行してきた1審被告の運転する自家用普通貨物自動車(1審被告車両)が本件交差点を直進しようとして,1審原告車両の進路前方を通過したため,1審原告において,ブレーキを掛けて,1審原告車両を停止させるという非接触による交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(原判決別紙「交通事故現場見取図」(略)参照)。

(3)本件請求の内容
 本件は,1審原告が,本件事故によって,頸椎捻挫,左関節打撲傷,背部打撲傷及び左肩腱板断裂の傷害を受け,後遺障害が残った旨主張して,1審被告に対し,民法709条又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,損害金1,209万2,619円及びこれに対する不法行為(本件事故)の日である平成30年1月16日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張

         (中略)


第三 当裁判所の判断
1 争点2(本件事故による1審原告の傷害及び後遺障害の有無)について
(1)認定事実
前提事実のほ
か,争いがない事実に,後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる(以下の事実を「認定事実」といい,認定事実記載アの事実を「認定事実ア」のように表記する。)。
ア 1審原告は,平成23年12月24日,被追突事故に遭って頸椎捻挫,背部挫傷等の傷害を負い,平成25年5月10日,右方からの被接触事故に遭って頸椎捻挫,腰部捻挫等の傷害を負い,平成28年10月18日,被追突事故に遭って頸部,腰部捻挫等の傷害を負い,後遺障害14級9号に該当する旨の認定を受けた。
 1審原告が,本件事故によって受傷したとして痛みを訴えている部位と上記各事故による傷害の部位とは,その範囲が一部重なっている。

イ 1審被告車両は,本件事故当時,交差道路を進行し,本件交差点の手前で徐行,停止することなくそのまま直進し,1審原告車両の進路前方を通過して,本件道路を横断したところ,1審原告車両は,本件道路を時速40キロメートル程度で走行中,本件交差点の手前約23メートルの地点で,交差道路の左(西)方から進行してくる1審被告車両を発見して急ブレーキを掛け,1審被告車両が前方を通過した直後,19.9メートル進んで本件交差点内で停止し,1審原告車両と1審被告車両が衝突ないし接触をすることはなかった(前提事実(2)オ)。

ウ 1審原告は,1審被告車両を発見した際,シートベルトを締めた状態で,2秒程度,強くブレーキを掛け,その間に1審被告車両が1審原告車両の前を通り過ぎたため,そこからブレーキを緩め,ブレーキを掛け始めてから3秒程度で停止した。
 この点,1審原告は,1審原告車両は原判決別紙交通事故現場見取図[ウ]の地点から[エ]の地点までの距離(19.9メートル)と時速40キロメートルで走行中,ブレーキを掛けて停止するまでの距離(19.93メートル)とが一致するから,1審原告が,[ウ]の地点から[エ]の地点までの間,ブレーキを緩めなかったことは明らかである旨主張する。

 しかし,上記1審原告の主張する19.93メートルには,1秒間の空走距離が含まれているが,空走距離の起算地点は,1審原告の主張する上記現場見取図[ウ]の地点ではなく,停止地点である同[エ]から23メートルの距離にある同[イ]の地点であるから,主張の内容が正確とはいい難い上,ドライブレコーダーの記録によれば,本件事故の直前に,1審原告が1審被告車両を視認したと思われる12時2分11秒から1審原告車両が停止した同分15秒までの間において,同分12秒に加速度0.957Gにの数字が1審原告車両の加速度として正確かどうかは措く。)を記録してから同分13秒には,加速度が0.551Gまで下がっているから,1審原告が1審原告車両の停止までの約4秒間,ブレーキを緩めなかったとは認められず,1審原告の上記主張は採用することができない。

 証拠(略)の加速度を求める計算式を参照すれば,時速40キロメートルで2秒で停止した場合の加速度は,4万メートル÷3,600秒÷2÷9.8/S2=約0.57Gとなり,時速40キロメートルで1.5秒で停止した場合の加速度は,4万メートル÷3,600秒÷1.5÷9.8/S2=約0.75Gとなる。

エ 1審原告車両に搭載されていたドライブレコーダーには,加速度を記録するセンサーが装備されているところ,1審原告車両の加速度について,最初に瞬間的に0.957Gの加速度が記録され,その後は0.5Gないし0.8G程度の加速度が記録された。
 ただし,1審原告車両のドライブレコーダーは,その天井近くに設置されているものと推認されるところ,車両が急ブレーキを踏むと,通常,車両が一瞬沈むノーズダイブ現象が起きるので,1審原告車両のドライブレコーダーも,急ブレーキをかけた際の上下運動による加速度も記録し,ドライブレコーダーの数値が実際より高く記録されている可能性がある。

 さらに1審原告車両の進行方向の本件交差点のすぐ手前に側溝が横切っており,そのため道路に若干の高低差があり,1審原告が急ブレーキをかけた際,ドライブレコーダーが道路の段差で揺れた上下運動による加速度も記録し,ドライブレコーダーの数値が実際より高く記録される可能性もある。
 そして,車両の急ブレーキ操作は,通常,ブレーキ性能である0.9Gを超えることはない。

 そうすると,1審原告が,本件交差点直前で,急ブレーキを掛けた時点の1審原告車両の加速度は,0.5Gないし0.8G程度であったと推測される。この加速度は,車両を運転している際の通常のブレーキングで生ずる程度のものである。

         (中略)


(2)検討
ア 前記(1)の認定事実によれば,
〔1〕1審原告は,本件事故前の3回の交通事故(被追突事故,被接触事故)により,頸椎捻挫,背部挫傷などの傷害を受け,後遺障害14級の認定を受け,その部位は,本件事故で1審原告が痛みを訴えている部位とその範囲が一部重なっていること(認定事実ア),

〔2〕本件事故は,非接触の事故であり,1審原告には,車両同士の衝突による衝撃は生じていないところ,1審原告が,急ブレーキにより受けた衝撃の程度は,運転中の通常のブレーキングにより生ずる程度のもので,1審原告が急ブレーキ時に左半身に特に負荷がかかる動作をしたものとは認められず,シートベルトをしていた1審原告にどのような機序で背部や左肩に傷害が生ずるのか明らかではないこと(認定事実イないしオ),

〔3〕1審原告が急ブレーキを踏んだときの状況からすると,急ブレーキにより身体に衝撃が加わることを予期し,その衝撃に備える体勢を取ることができたこと(認定事実オ),

〔4〕1審原告は,本件事故当時,57歳のプロボウラーであったところ,50歳代では10人に1人の割合で腱板断裂が存在し,無症候性断裂が半分以上を占め,その原因として,加齢に伴う変化やスポーツによる負荷の繰り返しが考えられ,F整形外科クリニックのP7医師は,50歳代男性の肩腱板が無症候性に損傷を起こしていることはまれではなく,腱板の加齢性変化が本件事故をきっかけとして痛みを生じた可能性があると述べていること(前提事実(1),認定事実ク(エ),ケ),

〔5〕1審原告は,本件事故直後からボウリングをし,ボウリング大会にも出場していたところ,たとえ,右手にボールを持ってボウリングをしていたとしても,ボウリングは,重いボールを投げる際に左腕でバランスをとる等全身を使う動作であるから,左肩に強い痛みがある状態では,これをすることは容易でないものと推認されること(認定事実キ)
が認められる。

 このことに,1審原告の症状に関する医師の診断や意見によっても,1審原告に左肩腱板の断裂・損傷があるか否か,仮にあったとしてもその原因を断定することはできないこと(認定事実クのとおり,1審原告の症状を診察した複数の医師の意見が分かれている。)を併せ考慮すれば,1審原告が,本件事故直後に首,左肩関節,背部等に痛みを訴え,本件事故当日から整骨院や本件事故の2日後から整形外科病院に通っており(認定事実カ),その整形外科病院で左肩に腱板断裂を認めるとの診断がされていること(認定事実ク(ア)。ただし,b整形外科のP6医師は,1審原告の左肩腱板断裂の受傷時期は不明であると診断している。)を踏まえても,本件事故によって1審原告が左肩腱板断裂の傷害を負ったと認めることはできない。

 もっとも,P5医師は,1審原告が本件事故直後に訴えていた痛みについて,外傷性頸部症候群(頸椎捻挫)であったと判断するのが妥当であるとの意見を述べているが(認定事実ク(ウ)),P5医師は,本件事故が非衝突の事故であることを前提に,その際の1審原告の運転姿勢,加速度の程度等の具体的状況を踏まえた上で上記意見を述べているものではなく,あくまでも,後方から追突衝撃を受けた場合の一般の追突事故を前提として,むち打ち損傷に対するケベック分類によれば,1審原告の主訴や症状に照らし,重症度Grade1(頸部の痛み・こわばり・圧痛のみが主訴,客観的徴候がない場合)の外傷性頸部症候群に相当するとの意見を述べたものであると解されるから,P5医師の上記意見は,前記の認定判断を左右するものではない。

イ これに対し,1審原告は,腱板損傷は,日常の動作でも生ずることがあり,また,P3医師の所見に照らしても,1審原告が,本件事故当時,両腕でハンドルをぎゅっと握り,腕は突っ張った状態で,かつ,両足を突っ張った状態でブレーキをかけたことによって,頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷,腱板損傷を負ったことは受傷機序として極めて自然な状況である旨主張する。

 しかし,前記で認定したとおり,1審原告の左肩の変性につき,腱板損傷があるかどうか自体に複数の医師による診断が分かれており(認定事実ク),1審原告の左肩の変性が腱板損傷であるとは認めるに足りない上,その変性と本件事故との因果関係も明らかではなく,また,頸椎捻挫,左肩関節打撲傷,背部打撲傷についても,前記で認定説示した本件事故の状況や1審原告の症状についての複数の医師による診断・医学的知見による評価が分かれていることに照らすと,本件事故によってこれらの傷害が生じたとする機序は不明というほかなく,このほか1審原告が本件事故前の3回の交通事故によって頸椎捻挫,背部挫傷などの傷害を受け,後遺障害14級の認定を受けていることも考え合わせれば,1審原告が本件事故によって前記傷害を受けたものとは認められないのであって,1審原告の上記主張は採用することができない。

2 結論
 よって,1審原告が,本件事故によって傷害を負ったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,1審原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ,これと異なり1審原告の請求を一部認容した原判決は相当ではないから,原判決の上記認容部分を取消して,その取消し部分に係る1審原告の請求を棄却し,また,1審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部 裁判長裁判官 小出邦夫 裁判官 河村浩 裁判官 塩谷真理絵