小松法律事務所

交通事故損害賠償請求権に対する仮差押効力について判断した最高裁判決紹介


○「交通事故損害賠償請求権に対する仮差押効力について判断した高裁判決紹介」の続きで、その上告審令和3年1月12日最高裁判決(判時2490号3頁、判タ1485号28頁)全文を紹介します。

○上告人が、被上告人に対し、上告人が本件差押転付命令により取得した本件各損害賠償請求権に基づき、4822万3907円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、上告人が被上告人に対して本件示談において合意された損害賠償金の額である4063万2940円(本件示談金額)を超える額の請求をすることができるか否かが争われました。

○原審平成31年2月27日東京高裁判決(交通事故民事裁判例集54巻1号12頁)が、上告人の請求を、本件示談金額から本件相続人らが支払を受けた3000万1100円を差し引いた1063万1840円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した判決したことに対し、上告人が上告しました。

○最高裁判決は、上告人が被上告人に対して本件示談金額を超える額の請求をすることができないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるとし、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、本件各損害賠償請求権の金額等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき原審に差し戻しました。
 なお、原審・原々審で強盗致傷事件加害者をC、その父を亡Gを表示していたものが、C→A、亡G→Bと表示しています。

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主   文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理   由
上告代理人島田直樹,同荒木尚,同岩崎紀人の上告受理申立て理由3について
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,平成22年9月,Aが起こした強盗致傷事件の被害に遭った。
 Aの父であるBは,平成26年9月,被上告人が自動車を運転中に起こした事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。
 Bの相続人は,妻であるC並びに子であるA,D及びE(以下「本件相続人ら」という。)であった。

(2)平成27年11月,上告人の申立てにより,本件相続人らを債務者,被上告人を第三債務者とし,上告人が本件相続人らに対してそれぞれ有する上記強盗致傷事件に係る不法行為に基づく損害賠償請求権(以下,併せて「本件各請求債権」という。)を請求債権,本件相続人らがそれぞれ法定相続分に応じて取得した本件事故によるBの被上告人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権(以下,併せて「本件各損害賠償請求権」という。)のうちCのものにつき2411万1953円,Aのものにつき803万7320円,D及びEのものにつき各803万7317円(合計4822万3907円)に満つるまでの部分を仮差押債権とする債権仮差押命令(以下「本件仮差押命令」という。)が発令され,被上告人に送達された。

(3)被上告人と本件相続人らは,平成28年10月6日,次の内容を含む示談(以下「本件示談」という。)をした。
ア 被上告人は,本件相続人らに対し,本件事故による一切の損害賠償金として合計4063万2940円の支払義務があることを認め,内金3000万1100円を速やかに支払う。
イ 上記内金が支払われたときは,被上告人と本件相続人らとの間には,本件示談で定めるほか,何ら債権債務のないことを相互に確認する。

(4)本件相続人らは,平成28年10月20日頃,本件事故に関する自動車損害賠償保障法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権について,被上告人が自動車保険契約を締結していた保険会社から,合計3000万1100円の立替払を受けた。

(5)上告人は,上告人の本件相続人らに対する本件各請求債権に基づく請求を一部認容する旨の仮執行宣言付き判決を得て,これを債務名義として,本件各損害賠償請求権及びその遅延損害金債権のうちCのものにつき3000万円,A,D及びEのものにつき各1000万円に満つるまでの部分につき,本件相続人らを債務者,被上告人を第三債務者とする債権差押命令及び転付命令の申立てをし,平成30年3月7日,これに基づく債権差押命令及び転付命令(以下「本件差押転付命令」という。)が発令された。本件差押転付命令は,同月28日に確定した。

2 本件は,上告人が,被上告人に対し,上告人が本件差押転付命令により取得した本件各損害賠償請求権に基づき,4822万3907円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人が被上告人に対して本件示談において合意された損害賠償金の額である4063万2940円(以下「本件示談金額」という。)を超える額の請求をすることができるか否かが争われている。

3 原審は,上記事実関係の下において,要旨次のとおり判断し,上告人の請求を,本件示談金額から本件相続人らが支払を受けた3000万1100円を差し引いた1063万1840円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した。

 本件各損害賠償請求権は,不法行為に基づく損害賠償請求権であって,不法行為の時点において具体的な金額を直ちに確定することができないものであったところ,本件示談は,その金額を,被上告人のBに対する損害賠償金として社会通念上相当な額である本件示談金額と確定したものである。そうすると,本件示談は,本件仮差押命令により禁止される上告人を害する処分であるとは認められず,上告人は,被上告人に対し,本件示談金額を超える額の請求をすることができないというべきである。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 債権の仮差押えを受けた仮差押債務者は,当該債権の処分を禁止されるから,仮差押債務者がその後に第三債務者との間で当該債権の金額を確認する旨の示談をしても,仮差押債務者及び第三債務者は,仮差押債権者を害する限度において,当該示談をもって仮差押債権者に対抗することができない。

 本件示談は,本件相続人らが本件仮差押命令による仮差押えを受けた後に被上告人との間でしたものであり,本件各損害賠償請求権の合計額が本件示談金額(4063万2940円)を超えないことを確認する趣旨を含むものであると解される。

そして、本件仮差押命令の仮差押債権は,本件各損害賠償請求権のうち合計4822万3907円に満つるまでの部分であるから,本件示談金額が実際の本件各損害賠償請求権の合計額を下回る場合には,遅延損害金を考慮するまでもなく,上告人を害することになり,被上告人は,その害する限度において,本件示談をもって上告人に対抗することができないというべきである。本件各損害賠償請求権が不法行為に基づく損害賠償請求権であることや,本件示談金額が損害賠償金として社会通念上相当な額であることなど,原審の指摘する事情は,以上の判断を左右するものではない。

 したがって,上告人が被上告人に対して本件示談金額を超える額の請求をすることができないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法がある。

5 以上によれば,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,本件各損害賠償請求権の金額等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 戸倉三郎 裁判官 林景一 裁判官 宮崎裕子 裁判官 宇賀克也 裁判官 林道晴)